弁護士 中森俊久の部屋

肥田舜太郎先生

2015/08/01 00:00:18

 5月23日、ノーモアヒバクシャ訴訟近畿弁護団のメンバーで、2004年9月3日に大阪地方裁判所で証言頂いた被爆医師・肥田舜太郎先生の埼玉の自宅を訪ねた。肥田先生は、現在98歳。よくよく考えると、私の今までの人生の中でお会いした方の中で、最高齢のように思える。お元気な姿に変わりはなく、改めて、原爆被害の深刻さや被爆者への強いメッセージをお話し頂いた。ある女性は、出産に帰った松江から、原爆投下1週間後に夫を探して広島へ行き、避難先で夫に出会えたにもかかわらず、やがて彼女自身が吐血し、頭髪が抜けて亡くなったとのこと。夫を求めて2週間、市内を歩き続けたその女性は、残留放射線等による相当量の被曝を受けていたのである。これが被爆の実相である。愚かな歴史を繰り返す人間にとって、平和を長らく維持することはそもそも容易いことではないが、そのための努力は必要不可欠である。国際社会において日本に求められる役割は何なのか・・・今の政治の方向性とはやはり異なるものであろう。声もあげられずに理不尽に亡くなった方々の姿や生き残った方々の切実な声を我々は忘れてはならない。

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