弁護士活動日誌

湖東記念病院事件の再審開始決定に接して

私自身の活動とは関係がないが、昨年暮れ大阪高裁で出された再審開始決定について、感想的意見を述べてみたい。

2003年5月入院中の男性患者(当時72歳)が死亡、翌年7月、県警は任意聴取で「人工呼吸器のチューブを外した」と自白した同病院の看護助手のNさんを殺人容疑で逮捕した。Nさんは公判で否認に転じたが、一審の大津地裁はNさんの自白を「実際その場にいた者しか語れない迫真性に富んでいる」と全面的に信用して懲役12年の判決を下し、07年に最高裁で確定した。1度目の再審請求は11年に最高裁で棄却。2度目の再審請求は15年に大津地裁で棄却され、大阪高裁に即時抗告していた。Nさんはその後17年8月24日刑期を終えて和歌山刑務所を出所した。

  大阪高裁は17年12月21日、①入院患者の死因は人工呼吸器からの酸素吸入が途絶えた急性心停止とは断定できず、致死性の不整脈による自然死の可能性がある、②捜査段階の自白は誘導や迎合による虚偽の疑いが残る、などとして、Nさんが犯人とするには合理的な疑いが残ると判示して、再審開始決定をした。そして①の判断をした理由として、確定判決が採用した鑑定意見は、解剖結果だけではなく「死亡前に本件人工呼吸器の管が外れた状態が生じていた」という事情を考慮して判断しているところ、この事情はNさんの供述に支えられているにすぎないから、これを軽視して同鑑定の結論を採用したのは問題であるとした。そして、抗告審で提出された鑑定書や資料などから死因が「致死的不整脈」である可能性の程度が無視できるほどに低い程度でないとしたうえ、Nさんの自白の信用性についてそれ単独で被害者が酸素供給途絶状態により死亡したと認めうるほどに信用性が高いものとはいえないとし、結局、抗告審に提出された証拠を合わせて検討すると、Nさんが本件の犯人であると認めるには合理的な疑いが残っているといわざるを得ない、と判断した。

決定書全文を入手しえたので、これを精読したが、上記決定は各鑑定書の内容について綿密に検討するとともに、その考察も断定的な言い方は避けつつも「疑いが残る」点は容赦なく指摘していて、説得力が高いといえる。私自身は、検察官がこれを争うことなく即時に再審公判を開くべきだと考えたが、遺憾ながらこれに対して特別抗告をした。検察官が内容について不満を有することは理解できるけれども、本件のような判示であれば不満な点は、再審公判で十分議論できるのであるから、こうした決定について特別抗告をするのは、少なからず疑問である。

思うに、これまで冤罪の主な原因として、裁判所が専門家の鑑定に安易に依拠することや、自白の信用性への判断が甘いことが挙げられてきた。今回は不幸にも両方が結びついたといえるが、当初鑑定書の立論の問題性、Nさんの自白について、それ自体の変遷の著しさ、実行行為の不自然さ、動機の不整合性等について、慎重さをもって、かつ徹底的な評議をしていれば、「自然死」の余地を導きだせたのではないだろうか。

もとより、こうした意見に対しては、後から何でもいえるとの批判がありうるであろう。しかし、25歳で逮捕されて以後13年間拘束され、ようやく38歳で出所したNさんが冤罪であったとすれば、人生の最重要期間を奪われたことになってしまう。Nさんの「私の人生を返してください」との訴えにどのように回答しえるのかと、反論したい。「疑わしくは被告人の利益」をお題目だけにしてはならないのである。

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