弁護士 中森俊久の部屋

ワールドカップ

2018/08/22 15:10:16

 サッカーのワールドカップ。日本対ポーランドの日本チームの時間稼ぎのプレー、結果的にフェアプレーポイントで勝利している日本のどこがフェアプレーなのか?という批判がある。確かに私も中継で見ていたが、後味悪い試合だった。勿論、戦略なので、ひとつの判断だと思うが、むしろ私が気にしたのは、同時進行で試合が進行していたセネガルチームに1ポイント入ったら、日本チームに批判の嵐が吹くのでは?ということだった。結果で絶賛されたり、批判されたりするスポーツ選手もしんどいものだと思う。いずれにせよ、チーム一丸となって必死に頑張る姿には無条件に感銘を受けるし、勇気を与えられる。ところで、ベスト16の国のうち、死刑制度が残存しているのは日本のみということを最近知った。そのようなことも多くの方に知って貰えたらと思った次第である。

司法修習生の給費制度

2018/01/01 00:00:57

 司法修習生の給費制が本年度(司法修習71期生)から再びスタートする。私は、司法修習55期で1年半の修習期間、公務員に準じる立場として給費があったが、その後修習期間が1年4か月、1年間と短縮され、65期から70期までの5年間は、給費制が廃止されて貸与制(修習終了後5年間は返還を据え置き、その後、10年間の年賦により返還するシステム)となっていた。司法修習に専念する義務があり、原則としてアルバイトや兼業が禁止される状況のもと、生活費は借入で補うというのは如何にも不可思議である。給費制復活のために尽力したビギナーズネット(司法修習生の給費制復活のための若手ネットワーク)の活動に敬意を払いたいし、狭間となった65期から70期の間の方々の遡及的な救済を期待したい。

先輩弁護士の感覚

2017/08/01 00:00:01

 とある国会議員の車内での秘書に対する言動が、大きな問題となっている。録音されていた明らかにハラスメントなその音声は、ワイドショー的にも興味深く、連日のようにテレビ等でそのままの形で報道された。今後も何かのたびに、あの音声が流れるのであろう。私自身、余りにセンセーショナルなその音声に聞き入り、話の種にしたこともある。そんな流れで、某弁護団会議でその件が話題になったとき、「車内で二人だけでいた時の音声録音をあれだけの頻度で放送するのは如何かと思う。」との先輩弁護士からの冷静なご意見。なるほどなと思うと同時に、そうした感覚に敬意を感じた次第である。

父のこと

2017/01/01 00:00:42

高校2年生の時、阪神大震災が起きた。堺に住んでいた私は、自転車通学だったので、とりあえず高校に行ってみるも、殆ど人が来ていない。それどころの状況ではないことを知り、家に帰ってテレビを付けると、そこには想像以上の惨状があった。その当時は父も健在で、地震の瞬間は、仕入れた野菜を積んだトラックを運転中であったが無事だった。スーパー店員であった父は、毎年大晦日まで働き、正月4日間だけ休めた以外は、週一回あるかないかの休みの中、早朝から夜まで働いていた。今思うと、凄い働き方だなと思う。そんな父は、定年退職をした60歳の年に亡くなった。「そういえば震災の時も働いていたな」と時々思い出す父のことを綴った次第である。

個人通報制度について

2016/11/16 10:29:11

 主な国際人権条約には、その条約を各国に守らせるため、①報告制度(締約国による報告書を条約機関が審査するもの)、②国家通報制度(他の締約国による条約履行状況の条約機関への通報。)、③個人通報制度(主として被害者である本人による人権侵害ケースの条約機関への申し立て。締約国の同意を必要とする任意的制度)が定められています。
 選択議定書(条約とは別に独立して作成される法的国際文書。条約の締約国は、選択議定書を批准するかどうか選択できる。)で個人通報制度を定める条約には「自由権規約」「社会権規約」「女性差別撤廃条約」などがありますが、日本政府はすべてにおいて批准していません(ちなみに、自由権規約の第一選択議定書が個人通報制度、第二選択議定書が死刑制度の廃止ですが、日本は第二選択議定書も批准していません。)。
大阪弁護士会選択議定書批准推進協議会は、国家による人権侵害を被害者である個人が条約機関に申立て、審査を受けることができる個人通報制度を定めた自由権規約第一選択議定書の批准推進を目的として活動をしています。先日は、同協議会座長の山下潔弁護士と私とで、69期司法修習生の選択型修習プログラム「人権擁護の現場から」のうちの国際人権の講義を担当してきました。
自由権規約の個人通報制度は、2011年7月20日現在114か国に及び、主要8カ国(G8)のうち、個人通報制度を全く利用できないのは日本だけという状況です。例えば、選択議定書を批准している韓国では、作品が「利敵行為」だとして画家が有罪判決を受けたケースで個人通報が行われ、自由権規約委員会は、その画家の表現の自由を侵害するとして、韓国政府に対して補償と再発防止を勧告しました。2006年まで20年間、国連の自由権規約委員を務めた安藤仁介・京都大名誉教授は「はっきりとした理由もなく、批准していないのは日本だけ。何かを言うような委員はいないが、ずっと恥ずかしい思いをしていた」と振り返っています(中日新聞2010年12月15日朝刊)。
条約は、憲法より下だが法律より上という位置づけにもかかわらず、弁護士によって主張されることも少なく、裁判所もそれを軽視した判決を出すことが多くあります。このように、日本で自由権規約などの条約が浸透しないのは、個人通報制度が日本では使えないということが大きな理由の一つだと考えられています。規約人権委員会は、代用監獄の弊害、在日外国人・朝鮮人等に対する差別、婚外子など女性に対する差別、死刑受刑者の処遇など様々な指摘を日本政府に対して行っていますが、この個人通報制度が実現されれば、それら日本の人権状況につき、国際人権条約の観点からの見解を問える道が開けます。以前にも当事務所のニュースで個人通報制度のことを書きましたが、改めて同制度の早期の実現を求める次第です。

海が見たい。

2016/08/15 00:00:07

事務所のホームページの私の自己紹介欄に、海を見ることが好きだと書いている。海を見る、つまり、眺めることが好きなだけで、決して優雅に泳げる訳ではない。昼の海も良いのだが、夜の海もなかなか乙で、誰かと一緒であろうとなかろうと、ボーッとするのが格別に安らぐ。また、同じく紹介欄には、好きな言葉として「一期一会」を挙げている。小学生の時、そろばん大会の遠征で夜のサービスエリアに立ち寄った時、少し上の先輩から「お前が死ぬまで二度とこの売店のおばちゃんと会うことがないと思ったら、怖くない?」と言われ、何とも言えない不思議な感覚に陥ったのを覚えている。だからという訳ではないのだが、奇跡のような皆様との出会いに改めて感謝したい。

手錠と腰縄の問題

2016/01/01 00:00:09

 刑事法廷では、勾留されている被告人が手錠・腰縄姿で法廷に現れ着席し、裁判官の指揮によって解錠される運用がなされています。裁判員裁判では、裁判官・裁判員らが入廷する前に解錠するなど一定の運用変更はありますが、手錠・腰縄姿が傍聴人の目に晒される点に変わりはありません。これら現在の運用は、被告人の人格権(憲法13条)や無罪推定の原則(憲法31条)、さらには、国際人権法上(自由権規約7条、10条、14条2項等)問題があると言わざるをえません。裁判所の法廷警察権のために一定の制約があるとはいえ、被告人の手錠・腰縄姿を傍聴人や裁判官の目に晒さない運用も十分に可能なはずであり、被告人の権利の重要性に鑑みれば、早急にそれを目指すべきです。

 本年1月16日(土)午後1時30分から大阪弁護士会にて、シンポジウム「法廷内の手錠・腰縄は許されるか?」が開催されますので、ぜひご参加下さい。

肥田舜太郎先生

2015/08/01 00:00:18

 5月23日、ノーモアヒバクシャ訴訟近畿弁護団のメンバーで、2004年9月3日に大阪地方裁判所で証言頂いた被爆医師・肥田舜太郎先生の埼玉の自宅を訪ねた。肥田先生は、現在98歳。よくよく考えると、私の今までの人生の中でお会いした方の中で、最高齢のように思える。お元気な姿に変わりはなく、改めて、原爆被害の深刻さや被爆者への強いメッセージをお話し頂いた。ある女性は、出産に帰った松江から、原爆投下1週間後に夫を探して広島へ行き、避難先で夫に出会えたにもかかわらず、やがて彼女自身が吐血し、頭髪が抜けて亡くなったとのこと。夫を求めて2週間、市内を歩き続けたその女性は、残留放射線等による相当量の被曝を受けていたのである。これが被爆の実相である。愚かな歴史を繰り返す人間にとって、平和を長らく維持することはそもそも容易いことではないが、そのための努力は必要不可欠である。国際社会において日本に求められる役割は何なのか・・・今の政治の方向性とはやはり異なるものであろう。声もあげられずに理不尽に亡くなった方々の姿や生き残った方々の切実な声を我々は忘れてはならない。

地下鉄の工事

2015/01/22 06:22:48

近所の新築家屋の建築工事はどんどん進み、あっという間に頑丈そうな家が建った。その一方、近所の交番の建て替え工事は、なぜだか時間を要している。同じように、地下鉄のエスカレーターやトイレの工事なども、「何でこんなに時間がかかるのだろう。」と疑問に思うことがある。工事時間の制約等の事情があるのだろうが、大阪市交通局の相次ぐ不祥事の発覚のニュースを耳にすると、「業者と何らか癒着があるのでは・・・?」と邪推をしてしまう。この点、民間は営利目的の利益優先ゆえ、工期が早いだけに過ぎず、交番や地下鉄の工事の方こそ普通であるとのお叱りを頂戴するかもしれない。なるほどそうなのかもしれないし、そもそも、それ程気にするような話ではないのかもしれない。しかしながら、淀屋橋駅のエスカレーターやトイレをよく利用する私にとっては、その工事の進捗が気になって仕方がないのである。自分の利害と関係するそんな小さな話ではなく、より大きな視点から社会を見なければならないと反省する今日この頃である。

70年前の現実

2014/09/13 06:27:57

2014年4月15日からブリュッセル(ベルギー)で開催された国際民主法律家協会(IADL)第18回大会に参加した帰りにポーランドに移動し、同国南部にあるアウシュビッツ第1、第2収容所を見学した。収容所は、ナチス政権下のドイツが行ったホロコーストの象徴と言われているが、近年、各国から見学に訪れる人が後を絶たない。何故にナチス政権がホロコーストを行ったのか…、その理由は多説あるようだが、いずれにせよ私自身率直に感じたのは、「人間の無力さ」や「人間の限界」である。ガイドをして下さった現地在住の日本人の方は、日本でのヘイトスピーチの議論に疑問を投げかけ、法規制するのは当然であるとのヨーロッパでの「感覚」を話されていた。当時の残酷な状況を目の当たりにし何とも言えない気持ちになったが、いずれにせよ、これが約70年程前の現実であることを肝に銘じなければならないと感じた次第である。

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