弁護士 森野 俊彦の部屋

2018年01月

リトアニアからエールを

2018/01/01 00:00:07

 昨年9月、ある旅行社が主催する「バルト三国の旅」に参加した。ソ連の圧力に屈せず、暴力ではなく歌の力でもって独立を獲得したエストニア、ラトビア、リトアニアの人々と風土に触れることが一番の目的であったが、第二次大戦中リトアニアの首都であったカウナスの町にある杉原記念館を訪れることも楽しみのひとつだった。当時領事代理だった杉原千畝のもとに、ナチスに追われてポーランドからリトアニアに逃れてきたユダヤ人が、同国も安住の地ではなくなったため日本経由でアメリカ等に渡ろうとしてビザの発給を求めてきた。杉原は、ビザ発給の許可を求めて何度も本国に対し電報を打つのだが、答えはいつも「否」であった。杉原自身も退去を求められるという窮地にたった際、彼は、救いを求めるユダヤ人を見捨てることはできず、とうとう独断でビザを発行する。その結果、六千人を超える人の命が救われたといわれている。記念館に残っている書類等をみて、あらためて杉原の偉大さを痛感する。 杉原は日本よりもむしろリトアニアで「英雄視」されているが、私が当地に滞在中、記念館の建物の傷みが激しいが修理費の捻出が困難との話を聞き知って、はるばる日本から周囲の壁のペンキ塗りにはせ参じたボランティアの塗装工と出遭い、その志の高さと意気軒昂さに接し、胸が熱くなった。記念館を出る前に、杉原が執務したという椅子に腰掛けながら、いま日本で国を当事者とする難事件を担当している何人かの裁判官を念頭に、「君よ、千畝になれ」とエールを送ったが、はたしてとどいたかどうか。

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