弁護士 森野 俊彦の部屋

2017年08月

「めっけもの」との出会い

2017/08/01 00:00:58

 毎年5月と10月の週末、かつて勤務地で知り合った方達と、マイクロバスで信州方面に出かけるのを恒例としている。金曜夕方に大阪を出発し、到着が遅くなるのでその夜は定宿だが、翌日からの行程、目的地、宿泊場所は、すべて幹事さんまかせの気楽な旅である。車窓から見るのどかな田園風景(時に棚田)、遠くに姿を見せるアルプスの残雪、車内で交わされる人々のうわさ話、バスの揺れに身を委ねつつ、人生っていいなといつも思う。その夜が温泉だと、しあわせ感が2乗になる。
 そんなわけで、名所旧跡にはこだわらない。しかし、時に思わぬ「めっけもの」に出会うことがある。今年の5月、2泊目は石川県能都町宇出津であった。そこから、富山湾越しに見える立山の雄姿を楽しみにしていたが、残念ながら今の季節は無理とのこと。夜の宴会で「百点満点とは行かないのが旅」と話したところ、仲間の一人から「明日の朝、縄文遺跡を見にいきませんか」との提案。真脇遺跡という名の遺跡で、結構有名だという。こちらは初めてで不明を恥じるしかないが、もちろん二つ返事で誘いに応じる。翌朝早く、車を飛ばして現場にいくと、結構ひろい。驚いたのは、環状木柱列があり、おととし見た青森のそれとよく似ている。時間が早かったので、展示物等はみることができなかったが、誘ってくれた「考古学者」によると、真脇遺跡は、縄文時代前期から晩期に至るとされていて、縄文時代前期中頃から中期末期に至る三内丸山と時期的に重なるという。数千年も前の日本列島に同じような集落群が存在していたと想像するだけで、楽しくなる。そういえば、三内丸山遺跡では、北陸や遠く山陰地方由来の出土品が展示されていたことを思い出した。
 思わぬ形で「めっけもの」に出会えた。遺跡に詳しい者であれば想定内の成り行きであろうが、無知が幸いした。人生はよく旅にたとえられるが、古希まで生き得たことが、なりよりの「めっけもの」かもしれない。

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