弁護士 上出恭子の部屋

チェ・ゲバラの第2の故郷へ

2016/01/01 00:00:41

 9年ほど前、ゲバラの生まれ故郷アルゼンチンを短期間だが旅をした。夏まっさかりの日本から地球の裏側のブエノスアイレスへ、寒さに凍え、哀愁のタンゴの国だと痛感した。 この夏、アメリカ合衆国との国交正常化直前にキューバを旅した。社会主義とはいえ、ラテン民族ならではの大らかさ、明るさがあった。生活は決して楽ではないだろうが、厳しい経済状況の下でも食べるものに困っている人はほとんどいないように感じられた。よく言われていることではあったが、町のあちらこちらにゲバラのポスター、壁に描かれたイラスト等々はあったが、キューバ革命の立役者、フィデル・カストロの銅像の類は全く目にすることがなかった。

 ホテルエントランスには、バンドマンのおじさん達が、毎晩、キューバ音楽を奏で、ある夜には半ば酔っぱらって、休憩中のおじさん達に混じってビートルズメドレーをご一緒していただいた。今回の旅の、とても大切な思い出だ。

 これからどんどん変わっていくことだろうこの国に、近い将来、再訪したいと思った。

田尻俊一郎先生のこと

2015/08/01 00:00:50

 9月4日は、大阪過労死問題連絡会の前会長・田尻俊一郎医師の7度目の命日です。

  過労死という言葉がない時代から労働者の働きすぎの問題にいち早く取り組まれ、「駆け込み寺」としての連絡会の役割を説いてこられました。新人弁護士のころから、担当した過労死事件の医学的な論点のことでご相談にのっていただくなど、いろんな場面で本当にお世話になりました。証拠の有無や過労死認定基準の壁にぶちあたる等してあきらめそうになった時には、「裁判といっても、もっと血の通ったものであってもよいのではないですか」と励ましていただきました。

 過労死等防止対策推進法が昨年6月に制定され、今年11月には2度目の啓発月間を迎えます。過労死のない社会の実現を切実に願われた田尻先生の強く深い思いを私も思い起こし、私自身の取組に向けての原動力にせねばと思っています。

お宝? 発見!

2015/01/22 06:22:07

誰しも自分の誕生日は当然ながら知ってますが、みなさん、その日の何時に生まれたかご存知ですか?

自分の生まれた時間帯を母に聞いても母曰く、「何時ごろやったやろ、お兄ちゃんの時は難産で明け方やったって覚えてるけど、あんたはなポンって生まれたからな……。多分午前中やったんと違うか」と適当なことを言われ(出産の経験がないので分かりませんが、何時頃に子どもを生んだかって、普通覚えてるものではないでしょうか?)、「そうかいな」と仕方なしに納得していました。

そうしたところ、今年の誕生日の少し前に母が実家で発見したのがこれです。

生まれたばかりの長さ7㎝余りの「魚拓ならぬ足拓?」とともに、そこには「後1時3分 女 体重3150」の文字が……。

「午前中ちゃうやん!!」何時に生まれたのかによって人生が大きく変わるとは思いませんが、まあ40数年あまり後に真実?が発見出来、生まれたばかりの自分の小さな足型に遭遇し少々照れくさいながらも思わぬ「お宝発見!」でした。

愛おしき、敗れし強者たち~4年前を思い起こしながら~

2014/09/13 06:27:14

シャビ、イニエスタ、ドログバ、ヤヤトゥーレ、ロドリゲス、ネイマール、本田、香川……

4年前のサッカーワールドカップは、アフリカ大陸での初めての開催で、カメルーンのエースストライカー・エトオとアフリカ大陸がコラボをしたとても素敵なポスターが印象的でした。その年の初頭、蒲田弁護士とそのお仲間のお相伴にあずかり、生まれて初めてのアフリカ大陸・ニジェールを訪れることがあったため、よけいに心と記憶に残る4年に1度の世界の祭典でした。  

俄かワールドカップファン2度目。前回の南ア大会からビギナーなりに随分と理解を深め、平日はNHKのデイリーダイジェストを見るべく、夜10時前には家路を急ぐ日々でした。 前回大会の王者スペインがいきなり負け続けて予選敗退。改めて勝負の世界のある種の魑魅魍魎さを素人なりに感じました。   ダイジェストでは、勝者・敗者のキャプテンのインタビューが試合の映像のあとに流れるのですが、普段あまり耳にすることのないスペイン、ポルトガル、フランス、ドイツ語といった様々な言語を聞いて、英語中心ではない世界観を意識します。  

さて、今回はドイツが24年ぶりの覇者に!   

4年後の開催では、どんな国の誰が活躍するのか? さて、自分はどうしているのか? 今から楽しみです。

今年もよろしくお願いします

2014/01/10 11:52:24

   ご挨拶が大変、遅れてましたが、今年もよろしくお願いします。
 明けました2014年もあと数日で2月となります。
 2月といえば、節分、実家が炒り豆の製造業を営んでいた私にとっては思い出深い行事です。

 節分の豆まきは、季節の変わり目には邪気(鬼)が生じると考えられており、その邪気を追い払う儀式として、文武天皇の慶雲3年(706)に宮中で初めて行われたのだそうです。

 なぜ「豆」をまくのか、というと、昔から穀物や果実には「邪気を払う霊力」があるとされていたので、当初は豆だけではなくお米や麦などもまいていたのだとか。
  「豆」をまくようになったことについては、収穫量が多かったことや投げやすかったからなど諸説はありますが、現代では「豆」を邪気(鬼)を払うために撒くようになったようです。

 一般的に豆まきに使う豆は炒った大豆。火で炒り、邪気を払った豆は『福豆』と呼ばれ、福を年の数だけ身体に取り入れることで次の年も健康で幸せに過ごせるよう願います。

 皆様も、節分には豆まきをして邪気を払っていただき、健康で穏やかな1年をお過ごし下さい。
 

「ちゃりんこ放浪記?」

2014/01/09 16:46:03

阿倍野筋から谷町筋を少し入り、一心寺さんの前を通って、松屋町筋へ。通称「バイクや通り」を北上すると、次第にお寺さんの通りとなります。左折して長堀通に入って、両脇の葉っぱがワシワシついた街路樹(調べるとユリノキだそうです)がかなり紅葉の進んだ堺筋を経て、目的地、中之島中央公会堂前のカフェへ。11月初めに、シマノの六段変速がついたちょっと走りそうな自転車(といっても、カゴ付・泥よけ付なので、本格的なサイクリング車ではありません)を買って、初めて行ったチビ遠征のルートです。

少し遅めのランチをガッツリ食べて、帰りは、大川に沿って行けるところまで東へ向かい、天満橋から上町筋を南下、途中、大阪城の回りを少し回って、自宅まで戻ってきました。片道、約10㎞。大川の桜並木が赤く色づき、大阪城の回りも黄色、赤と多彩な色合いで、短かった昨年の秋をほんの少しばかり味わい、ちょっとした小旅行のようでした。次の目標は、大学時代の友人のいる武庫川近辺まで、「ちゃりんこ放浪記」続行予定です!

劇団きづがわ第67回講演  真珠の首飾り

2013/11/11 13:10:08

 ジェームス三木がジャズの名曲に乗せて憲法の条項を103粒の真珠になぞらえ描いた「日本国憲法誕生」の秘話、入魂の名作を、劇団きづがわが上演します。
 憲法改正が議論される昨今、憲法誕生の経過を劇を通じて体験する貴重な機会になると思いますので、是非、ご覧下さい。
 

 ◆ 日時
  12月6日(金) 18時30分
  12月7日(土)  11時00分  16時00分
 
 ◆ 場所 
  クレオ大阪西(JR・阪神電車西九条駅下車・南3分)
 ◆ 料金 
   前売  一般 3000円
             シニア(65歳以上)、学生・青年(30歳以下)、障がい者   2500円
      夫婦・恋人ペア割引 2人 5000円
      (当日、いずれのも500円アップ)
 ◆ お問い合わせ先
   劇団きづがわ: 電話/ファックス 06-6551-3481
            携帯/090-7359-7335 

  
 

元養親と離縁をした場合の苗字はどうなる???

2013/10/03 10:32:11

Q 母が私が6歳の時に再婚をして、私は母の再婚相手と養子縁組をしました。
  私も成人をして既に独立していますが、母はその後、養父と離婚をしたため私も養父とはほとんど行きがありません。
  先々のことを考えると養父との養子縁組を解消した方がよいかと思いますが、その場合、私の苗字はどうなるのでしょうか?

A 未成年のころに親が再婚をした場合、再婚相手と養子縁組を組むことが一般的です。
  他方、その後に、両親が離婚をした場合、養親とは疎遠になることもあり、そのような場合で将来の相続のこと等を考えるとお互いに養子縁組を解消しておいた方が便宜的なことが考えられます。
 その場合、養子の苗字がどのような扱いになるのか、元の苗字、即ち実親の再婚前の苗字に変わるとなれば、長年、使っていた苗字を使えなくなり不便が生じます。
 この点、民法816条1項は「養子は離縁によって縁組前の氏に復する。」と規定される一方で同条2項は「縁組みの日から7年を経過した後に前項の規定により縁組み前の氏に復した者は、離縁の日から三箇月以内に戸籍法に定めるところにより届け出ることによって、離縁の際に称していた氏を称することが出来る。」と定められています。
 以上より、離縁をした場合でも従来使っていた苗字を使うことを届け出ることにより従来の苗字を使えることになります。

 

うちのゴンさん

2013/09/06 08:20:52

(ごん)(しゅう)院釋(いんしゃく)(しん)(とく)」、今年4月末に急逝した父の法名です。祖父母のころから御世話になっているお寺さんが「働きもの」であった父にふさわしいということで、父の「進一」という名前も踏まえて付けていただきました。

亡くなる前日には、東京に住む兄も来阪して5月に喜寿を迎える母の祝いをしました。私が司法試験の受験中に、短期間ですがアルバイトをさせていただいた縁のある心斎橋の和食のお店で、両親、兄、私と久しぶりに家族・原始メンバー4人が揃っての美味しく楽しい一時。両親の年齢や父の体調も考えると、家族揃っての「最後の晩餐」になるかもなと冗談交じりに話していました。

父は、昭和10年現在の石川県加賀市に生まれ、母との結婚を機に大阪に移り住み、母方祖父の家業であった「豆中商店」なる炒豆製造業の小さな町工場を70歳過ぎまで営み、朝から夜中まで、とにかく働きどおしの毎日でした。そして、「実直(誠実で正直なこと)」という言葉を体現した一生だったように思います。

家業に忙しく、子どものころ父に構ってもらった記憶はほとんどありませんが、こんな父の生き方・人との接し方から私が学ぶべきことは沢山あるように思えてなりません。

うちのゴンさんに、心配を掛けないような日々の暮らしを送らねばと思っています。

 

暑中お見舞い申し上げます

2013/07/10 15:31:07

 梅雨も明け、いよいよ夏本番となりましたが、皆様、いかがお過ごしでしょうか。
 「湿度58%」、事務所の弁護士の執務室にある温湿度計付時計に表示された、梅雨明け前の湿度です。
 湿気というとムシムシと嫌な感じがしますが、「潤い」となると別物に聞こえるのが不思議ですね。また、雨といえば、とりわけ梅雨の時期の雨は「やっかいもの」というイメージが強いですが、砂漠の国にいけば「恵の雨」、「慈雨」といった表現もあり、所変われば「雨」の評価・評判も様々です。
 何事も少し発想の転換をすると物の見え方・感じ方が変わってくることも、雨の季節にふとした思いつきです。
 熱中症に関する報道も盛んにされています。みなさま、体調にご留意下さい。 
 

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