弁護士 上出恭子の部屋

八百八橋 

2012/01/01 00:00:53

「恭子、東京は八百八町やけど、大阪は八百八橋やで。」、5年前に92歳で亡くなった大正生まれの祖母が、自慢げにそして、今から思えば、少々勝ち気に言った言葉です。 なぜか、子供の頃の我が家の野球は いつも阪神ではなく巨人で、祖母と兄が熱心にテレビを眺めていたことを懐かしく思い出します。

  浪速っ子として、大学ぐらいまでは妙に「東京」に対する負けん気がありましたが、司法修習でしばらく東京近郊に暮らす中で、環状線と山の手線の円周・直径の大きな違いを実感し、無駄な抵抗は止めようと決心をしました。 

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