弁護士 上出恭子の部屋

2012年09月

1992年の私へ

2012/09/14 19:57:29

 「恭子ちゃん、これ読ませてもらっていい?」、週に一度顔を出す実家で母から一冊のノートを示された時の母の言葉。見れば「Summer Vacation  ’92」とあります。今から20年前の7,8月、大学のサークルの関係でここ最近ヨーロッパ金融危機の火種となって評判芳しくないギリシャ・アテネに2ヶ月弱滞在していたときに、つけていた日記帳でした。

 さすがに今になって読まれて困るようなことは書いてはないであろうとは思ったものの、万が一、後数年で80歳に手の届く母がぶっ倒れるようなことが書いてあってはマズイだろうと、さらっと、私が先に読むはといって自宅へ持ち帰りました。

 開いてまず驚くのは、ちゃんとした日本語を書いていること(今の私の悪筆ぶりは悪名たかきです・・・。)! 見送りに来てくれた友人の言葉「ギリシャにいる間は何もかも忘れて、ひたすら楽しんできてよ・・・・・。悩みは飛行機中ですべてバラまいてしまえ、ほら隣に座ってるジィさんに」、なかなか名言なり。20年前の私にはいったい、忘れなければらないどんな悩みがあったのか??

 当時、生活をした寮には主に、欧米から同世代の学生が20名ほどいて、彼らにとっても初めて身近で見たアジア人であろう私に、「なぜ、キョウコの鼻は低いのか??」「ショーユ、コメが悪いのか???」と真剣に訊ねられたり、ほんの数言のギリシャ語で大喜びして下さった研修先のギリシャ国営電話会社のオフィスの人達のこと等々思い出は尽きません。日中は40度近くまで温度が上がるけれど地中海気候のからっとしたアテネの暑さは大阪とは全然違っていて、弁護士になった当初、晴れ上がった夏の日に脈絡もなくギリシャのことを思い出していた10数年前を懐かしく思い出すなど、日記を読むなかで時空を超えた時間を過ごしました。

 「思えば遠くへ来たものだ。」ではありませんが、20年前の私がみて今の私をどう思うのか、そんなことも考えながら読み直した日記でした。

 

 

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