弁護士 蒲田豊彦の部屋

1998年08月

庭と私

1998/08/25 09:00:00

 作家立原正秋の「日本の庭」(新潮社)に誘われて京都の禅寺などの庭を鑑賞している。
 作庭はその昔、禅僧たちの荒びであった。
 だから、枯山水の庭も池泉回遊式庭園もいずれもその石組みや築山や池などについて須弥山だの、蓬莱山だの、鶴亀だのと意味付けをしたり、虎が子に川を渡らせようとしているといった解釈をすることは無用である。
 静謐ななかで庭と対面しその調和のある容を見て感ずるところがあればそれでよいのである。
 枯山水の庭はシャープで長く対面していると疲れる。それは石組みがエネルギーを発しているのかもしれない。
 池や庭木が多い庭は心が和む。
 そのときの気分によっておのずと訪ねる庭も決まって来る。天龍寺や等持院や西芳寺(苔寺)の庭は池泉回遊式の庭園で魅力がある。これらはいずれも室町時代の高僧である夢窓疎石の作庭である。

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