弁護士 蒲田豊彦の部屋

取締役の任期は10年も可能

2012/02/13 10:52:36

株式会社(有限会社を含む)の取締役の任期は、通常、2年と定められています(会社法332条1項)。また、取締役を選任すると、その都度、取締役選任の登記を要します。

 つまり、2年毎に取締役を選任し、2年毎に取締役選任の登記をしなければならないことになります。

 日本における企業の割合は、圧倒的に中小企業が占める状況であり、そのなかでも、家族経営の会社が多くあると思います。このような家族経営の会社で2年毎に取締役を選任し、その都度、取締役選任の登記をすることは煩雑であり、また、登記費用も要することになります。

 そこで、会社法は332条2項において、株式譲渡制限会社の場合、定款で取締役の任期を最長10年まで伸張することができると定めています。

 つまり、会社の定款を変更しておけば、一旦、取締役を選任すれば、その後、10年間は取締役を選任したり、その登記をしたりすることを要しないことになり、登記費用もかからないことになります。

 取締役の任期を10年とすると、途中で取締役を解任する場合、法律上の争いになる可能性があるというデメリットなどもありますが、家族経営の会社では取締役の任期を10年とするメリットの方が大きいと思います。 

婚外子の相続分も平等

2012/01/12 18:44:26

大阪高等裁判所が、遺産分割に関して平成23年8月24日付決定で、「子の法律上の取り扱いを嫡出子か婚外子かによって区別することは、いわれのない差別を助長しかねない」として、民法の規定は違憲であり、非嫡出子は嫡出子と同等の相続分があるとしました。この決定は、一審の家庭裁判所が、上記の民法の規定を合憲とした審判を行ったのに対して、婚外子側の行った抗告を受けて、原審判を取り消したものです。そして、この高裁決定は確定しました。

すべての国民は法の下に平等でなければならない(憲法14条)というものです。

すばらしい決定だと思います。直ちに婚外子の相続分は嫡出子の半分とする民法の規定を改正し、立法的に解決すべきであると考えます。 

健康食カレーライス

2012/01/01 00:00:54

私はおいしい料理を食べるのが大好きである。

 特別上等のものではなくても、自分の気に入った店や料理をみつけると、ずっとその店に通い、いつも同じメニューの料理を注文する。

 私の携帯電話の電話帳には、店の名前と電話番号が満載されている。裁判所(大阪)の近くのカレー專門の店には、10日に1回は行って、お気に入りのシーフードカレーライスを注文する。

 10日もすると、シーフードカレーの記憶が脳裏に浮かび、もう我慢できなくなるのである。完全なリピーターになっている。

 この店のカレー(シーフードカレー)は17種のスパイスがブレンドされたカレーの素を使っている。どのスパイスをどれだけ、どのようにブレンドしているのかはしらないが、何とも奥行きのある風味で、私の味覚にマッチしている。

 私は決まって辛さ10倍、シーフード(タコ、 イカ、ホタテとブロッコリー、ニンジンなどの野菜が入っている)、ライスの大を注文する。

 カレーの辛さが脳の奥を通り過ぎて行く。汗をかきながら食するのである。

 この店のカレーは「健(けん)胃(い)」の力があるのか、食べたあとは極めつけの辛さにもかかわらず、胸焼けもせず、胃がすっきりとする。

 胃の調子が悪いときに食べると、かえって胃の働きがよくなるのである。

 まさに健康食である。

 この文書を書きながら、そろそろ10日になるな、また行かねばと思うのである。 

珈琲と煙草

2011/08/25 09:59:09

梅田の地下街の喫茶店「ピッコロ2」でコーヒーを飲んでいる。奥に長く十脚ほどのスツールが一列に並べられた小さな店だ。中年の婦人が入ってきて、一番入口のスツールに腰掛けてコーヒーを注文した。

 彼女は、出されたコーヒーのスプーンを「いらない」といって返した。ブラック通らしい。彼女は煙草を手に隣りの私に「これいいですか」と声をかけた。

 私は「コーヒーには煙草があいますね」と答え、そして、彼女に言った。 「煙草はやめられませんか」

 「私はやめようと思ったことがないの。でも、いつでもやめられるんです。二人の子を産んだときはやめてましたもの」

 「子供が育ってからはまたすってますわ」

 「銘柄は何ですか」 「ピースライト。ほかのものはダメなの」

 「うん、わかる、わかる。僕も昔ピースだった」

 「そう、両切りのピー缶が最高。よく山に行くとき、一缶持って行ったわ」

 「僕は昔、パイプをやっていました。カプスタンだの、スィートダブリンだの」

 「男の人はパイプ、似合うわね。女はダメだけど。パイプ煙草の香りってたまらないわね」

 彼女は使い込まれたブックカバーの文庫本をコーヒーカップの横に置いている。

 「コーヒーと煙草と文庫本はセットですね」

彼女は大きく頷いた。

 「そう。ハンディーな文庫本が絶対いいわね」

 「東野圭吾ですか」 「いや、村上春樹です」

 本のタイトルは訊かなかったが、本の厚さから「国境の南・太陽の西」かもしれない。私は本のタイトルを訊かないまま彼女に「またね」と言って店を出た。

 

俳句 少年の日を呼び起こすかき氷

   捩花や利かん気強き男の子

  

バッハと私

2011/01/01 15:12:08

 バッハ(一六八五~一七五〇)は「音楽の父」と呼ばれる。私は、バッハの音楽に心酔している。
 バッハはバロック音楽の代表的作曲家である。
 バロック音楽は全体として流動的かつ雄大、荘重で通奏低音の上に主旋律などを置いていくような楽曲様式である(当時は、指揮者はおらず、通奏低音がその曲の指揮者としての役割も果たした)。
 そのジャンルはオペラ、オラトリオ(宗教音楽)、協奏曲、ソナタ、組曲(当時は交響曲はなかった)などであり、バッハはオペラを除くあらゆるジャンルの曲を作っている。
 バッハは信仰心が厚く、「マタイ受難曲」などを涙を流しながら一音一音を神に捧げる思いで書いた(バッハの妻マグダレーナの著書「バッハの思い出」より)。
 私はバッハの精神性の高い、「思い」を紡ぎ出すような楽曲が好きである。急・緩・急で構成される協奏曲が好きで、とくに、ヴァイオリン協奏曲一番、二番(奏者シェリンクやグリュミオ)やブランデンブルク協奏曲一番から六番(指揮者カール・リヒター)は素晴しい。この曲は、ブランデンブルク辺境伯に献呈されたもの(必ずしも数字の順に作曲されたものではない)で、六曲とも楽想が豊かで飽きることがない。また、ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ一番から六番(奏者シェリンクとバルファ)は、透明度の高いヴァイオリンの音色がいい。
 バッハはウィーン古典派の三大巨匠(ハイドン、モーツアルト、ベートーベン)に大きな影響を与えたといわれている。

 近詠二句
   風に揺れ色重ね合ふ秋桜
   村人に酒振舞はれ秋祭

ジャズはオンザロックで

2010/08/01 14:55:47

 バーボンのオンザロックを飲みながら、ジャズを聴いている。
 曲名は知らないが、聴いたことのあるリズムである。
 シンガーは女性で、ピアノ、ベース、ドラムは男性である。シンガーはハスキーな声で歌っている。
 ここは生のジャズを聞かせるジャズ・バーである。
 この店のことは訊いていたが、やっと店を訪ねる機会を得た。
 「初めてだが」と言うと、「そうは見えません。ゆっくりしてください」と女店主らしい人が舞台を正面にした席に案内してくれた。
 突然、ドラムが高々とその主張を始めた。
 ソロでリズミカルな演奏である。
 ドラマーは、頭はぼさぼさで、髭をたくわえ、ネクタイをした中年男性である。ドラムやシンバルをたたき、心地よい音を繰り出してくる。
 拍手が起こる。なお、ドラムを打ち続ける。
 オンザロックの氷とグラスの触れ合う音も掻き消される。演奏が終ると、一斉に拍手が起こり止らない。
 客と奏者の一体感が生まれる。
 ジャズ・バーではビールよりもバーボンを舐めるように飲みながらジャズに耳を傾けるのがよく似合うと思う。

   建礼門牛車の過ぐる賀茂祭
   随身も葵をかざす祭かな
   供奉の列両社を繋ぐ北祭

山登り

2010/01/01 14:44:16

私は山の仲間たちと月1回のペースで山登りやハイキングを楽しんでいる。グループの名前は「山遊会」と言って仲間たちの投票によって決めた名前であり、なかなかよい名称だと思っている。

60歳後半から70歳前後の人がメンバーの主流で、なかには夫婦で参加する人もいる。ときどき、我が事務所の若手の弁護士が参加すると急に平均年齢が下がったようで、若手だけにその人に人気が集中する。

みんな高齢となってきて、最近は京阪神、奈良、滋賀の低い山を目指すことが多くなってきた。大体500~600メートルぐらいの山である。

山は季節を変えていろいろな表情で私たちを迎えてくれる。

山行きは自然の中に身を置き、一歩一歩頂上を目指して登っていく。

しんどい、しんどいと言いながら登っていく。

そんななかで汗をかき、山のおいしい空気を思い切り吸い込む。苦労して頂上を極めたときは何ともいえない満足感を味わうのである。

そしていつのころからか、下山したら有志で食事会をする。今日登った山を愛でながら仲間とビールで乾杯し、談笑するのは何とも楽しいものである。

2009/08/01 14:28:39

6月11日、高槻の摂津峡に妻と螢を見に行った。子供のころ、螢狩りに行った記憶があるが、その後、本格的に螢を見るのは久しぶりであった。

 夕闇が迫るなかで螢が飛び始めた。

 闇が深くなるにつれて、螢の数がどんどん増えていく。

 やがて何百という螢が川面に沿って湧き上がり乱舞するのである。

 螢火の闇に明減するさまは幻想的で神秘的ですらあった。宮本輝の小説「螢川」のクライマックスのようである。群れの中から離れて、私たちの方に飛んでくる螢を私は素手で容易に捕まえることができた。

 私は捕らえた螢を母親と一緒に螢を見に来ていた幼子の手の指にそっと移してやった。

 幼子の顔が螢に照らされて輝いているように見えた。

   飛ぶ螢かくもたやすく掌に掬ひ
   幼子の指に螢を移しやる

喫茶店と私

2009/01/01 09:00:00

 前もどこかで書いたように思うが、私はコーヒーが好きで、一日5杯ぐらいを楽しむ。
 朝起きて1杯、事務所で1杯、喫茶店で3杯といったところである。
 喫茶店は裁判所の近くや事務所の近くによく行く店がある。
 私は喫茶店で一人のときは、決まってカウンターに座り、手紙を書いたり、起案(訴状や準備書面などを作成すること)をしたりする。これが案外とはかどるのである。
 そうでないときは、大抵は本を読むか、俳句の歳時記(俳句を始めていつも鞄の中にポータブルなやつが入っている)を見ながら俳句を考える。
 俳句は初めて丸6年になる。吟行で見たもの、感動したことや毎日の生活の中で印象に残ったことを17文字で表現する。これがまた大変で、一句詠むのにかなりの苦戦をしいられる。
 喫茶店というところは、お客が混んでいても、隣でおしゃべりをする人がいても、一向に気にならず、私にとっても都会の中のお気に入りの空間となっている。また、ものを考えるにもいい場所である。
 喫茶店では、コーヒー以外はほとんど飲まないが、1日に6杯目となるようなときは、さすがにジュースなど、コーヒー以外の飲み物になるが、私にとって、喫茶店は都会の中のオアシスといった感じで大いに利用している。

日本の労働の在り方

2008/07/01 09:00:00

 格差社会、貧困の問題が大きな社会問題となっている。
 私はその根源の一つに、日本の労働者の雇用形態の問題があると思う。
 臨時社員、社外工、パート労働、契約社員、派遣労働など、いわゆる不安定な雇用形態が日本の労働者の立場としての不安定さ、貧困化を作り出していると思うのである。
 これらの雇用形態は、低賃金政策、労働者使い捨て、景気対策の安全弁、もっと言えば、利潤追求のため、専ら企業や使用者側の都合によって作り出されたものであり、すぐれて人為的なものであり、それらは、国や企業などの体制側の政策に裏打ちされた社会悪である。
 少しの時間だけ働きたい、少しの賃金を得て家計や生活を助けたい、責任のある仕事はしたくないなど、働く側からの要求や希望もあるのだろうが、この要求や都合は、本質的なものではないと思う。
 私は、いやしくも人を雇用する以上、労働させる側は原則として(短時間労働でも)、常用(正社員)とすべきであると考える。これに男女差別を真になくすれば、さらによくなるだろう。これによって、格差社会といわれるものの原因の一つが正されるように思う。
 いまの国民の要求、労働者側の運動は、不安定雇用形態の存在を前提として、その改善を求める(例えば派遣法やパート労働法の改正要求など)といった面が強く、もっと根本的に雇用の在り方を問うべきだと思う。
 資本主義の特徴の一つである持てる者の持たざる者への収奪の制限に少しでも資する雇用の在り方を問うべきであると考えるがいかがでしょうか。 

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