事務所ニュース「いずみ」
HOME > 事務所ニュースいずみ > オアシス > 労精神疾患についての労災認定実務の見直しを

オアシス

労精神疾患についての労災認定実務の見直しを

1 11月12日、過労自殺についての取消訴訟で勝訴判決を得た(大阪地裁。弁護団は、当事務所の岩城・上出・佐藤と亀若浩幸弁護士)。この間、過労自殺について労災と認めなかった労基署の処分を取り消す判決が相次いでおり、いずれの判決も精神疾患についての現在の労災認定実務を鋭く批判していたが、今回の判決もその趨勢に乗るものであった。

2 平成14年11月12日、Kさん(男性・当時四六歳)が、出張先で宿泊していたホテルの窓から投身自殺をした。

 Kさんは、その年の九月に、従来の役職と兼任してサービスセンター長(以下「SC長」)という新しい役職に就くよう命じられていた。SC長の業務は、それまでKさんが経験していた業務と比較すると、大幅な負担増となるものであった。また、営業業務など、それまでにに経験したことのない業務も担当しなければならなかった。Kさんは、「兼務をこなせるのか」と大きな不安を抱えていたが、他になり手がいないとの理由もあり、引き受けざるを得ない状況に置かれた。そのため、早期に兼務を解いてもらう(部下が後任となる)ことを条件に、SC長との兼務を引き受けることにした。ところが、後任になってもらえるはずだった部下が退職することになったため、「兼務を解いてもらう」は白紙になってしまった。その結果、Kさんは、兼務を解いてもらえるという保証が全くないまま、兼務を続けなければならなくなった。
 Kさんは、いつまで兼務状態が続くのかと思い悩み、東京本社にいる上司に悩みを訴え相談するなどしていた。しかし、Kさんの兼務を解く措置は講ぜられず、Kさんの業務をサポートする体制もとられなかった。そればかりか、Kさんの直属の上司は、「甘えたことを言うな」と威圧的なことを言うなど、Kさんをいっそう追い詰めるような言動に及んでいた。このような状況の中で、Kさんはうつ病を発症した。
 11月11日・12日に、全国のSC長が参加する研修が東京で開かれ、Kさんも出席した。11日の夜に行われた懇親会で、Kさんが悩みを相談していた東京本部の上司が、大勢の出席者の前でスピーチをした。その内容は、Kさんのことを「何をやらしてもあかん」と批判するなど、Kさんを非常に傷付けるものであった。この懇親会の翌朝、Kさんは投身自殺したのである。

3 Kさんのご遺族から事案の概要を聞いた私は、これはどう考えても過労自殺だと思った。しかし、行政段階では、ことごとく「業務外」と判断されてしまった。不合理な認定基準を無批判かつ不当に運用した結果である。
 精神疾患についての労災認定基準では、職場において心理的負荷を伴うと考えられる出来事に「?」?「?」というランクづけがされており、それを基礎に心理的負荷の強度の判断がなされ、精神疾患を発症した後の出来事による心理的負荷は考慮されない(紙面が限られることから端折った説明になってしまうことをご容赦願いたい)。Kさんの場合、精神疾患を発症する前の出来事はいずれも?や?と低く評価され、また自殺前日の懇親会でのスピーチは精神疾患発症後の出来事として考慮されなかった。
 Kさんの事案を分析すればするほど、認定行政の不当性が際立ってくる。二点だけ指摘すると、?短期間のうちに複数の出来事が重なって生じ心理的負荷は相乗的に強まっていたことは明らかであるが、そのような評価は全くなされていない(認定基準の解説では「?はいくらあっても?」と説明される)、?精神疾患発症後の心理的負荷が全く考慮されていない、という点である。

4 Kさんの事件に限らないが、業務による心理的負荷は、一つ一つの「出来事」としてではなく濁流となって押し寄せて来るもので、その濁流は精神疾患を発症した後も負荷を与え続けるものだと感じる。現在の労災認定実務には、このような実態についての理解が、完全に欠落している。
 今回の判決に、国は控訴をしなかった。ご遺族や他の過労死・過労自殺事件のご遺族が「控訴しないでください」と陳情するFAXを必死で送った結果と思うが、精神疾患についての労災認定実務に問題があることを厚労省も認めざるを得なくなっているのだと感じる。一刻も早く見直せと、声を大にして言いたい。
 

弁護士 佐藤真奈美

あべの総合法律事務所ニュース いずみ第23号(2008/1/1発行)より転載

ページの先頭へ戻る