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国際政治の影響とオリンピック

1 今年の夏、世界平和を究極の目的としたスポーツの祭典=「オリンピック」がアテネで開催される。4年に一度のこの祭典、楽しみにしている方も多いと思う。今回はこの「オリンピック」の歴史を振り返るとともに、その目的とするところの「平和」について、少しだけ考えてみたい。

2 古代オリンピック
 紀元前九世紀頃から行われていたようだが、当時は、ギリシアを中心にしたヘレニズム文化圏の宗教行事だった。392年、ローマのテオドシウス帝がキリスト教をローマ帝国の国教と定めたことで、オリンピア信仰を維持するのが困難となり終焉を迎える。

3 近代オリンピック
 フランス人、ピエール・ド・クールベルタンの提唱により、1500年の時を経てオリンピックが復活。以下、時系列に沿って主要なトピックを列挙する。
 第1回 アテネ大会(1896年) 男子のみの参加だった。
 第4回 ロンドン大会(1908年)  各国内のオリンピック委員会ごとの参加に。
 第5回 ストックホルム大会(1912年) 日本初参加。
 第6回 ベルリンで開催予定だったが、直前に第一次世界大戦が始まり、開催不可能に。
 第11回 ベルリン大会(1936年) ヒトラーが大会組織委員会総裁に。
 第12回 ベルリン大会に続いて、第12回大会(1940年)を東京で開催予定だったが、1937年に日中戦争が勃発。軍部の力も強まり、1938年7月15日の閣議で「東京オリンピック大会の開催は中止されたし」との勧告。IOCは急遽ヘルシンキを代替地として開催準備を始めるも、ソ連のフィンランド侵攻が始まり、結局中止に。
 第13回 ロンドンが開催地として決定されていたものの、ヒトラーによるポーランド侵攻を引き金に第二次世界大戦が始まり、再び中止に(1944年)。
 第14回 ロンドン大会(1948年) 日本とドイツは招待されず。
 第15回 ヘルシンキ大会(1952年) ソビエトが初参加。
 第16回 東京大会(1964年) 最終聖火ランナーは、広島に原爆が投下された昭和20年8月6日に広島市近郊で生まれた早稲田大学の坂井義則氏。
 第22回 モスクワ大会(1980年) ソビエト軍のアフガン侵攻に対する制裁措置としてアメリカのカーター大統領がボイコット表明。日本も不参加を決定。
 第23回 ロサンゼルス大会(1984年) ソビエトや東欧諸国など16の国と地域がボイコット
 第25回 バルセロナ大会(1992年) 東西冷戦の終結もあり、史上最大規模の平和の祭典に(169の国と地域。9368人)。

4 オリンピックの歴史を見ても、様々な形で、国家間の緊張関係や戦争の影響を受けていることが分かる。平和について考える時、そのような歴史の大きな流れを十分認識することが重要でないかと思う。戦後から現在に至るまで、私たちが日本で平和に暮らしてきたことは大変貴重なことであって、今後それが永久に保障されている訳でもない。日本の平和を維持し、さらには世界平和を目指すにはどうすればいいか?それについて、私たち若い世代が正面から議論する必要がある。

5 この点、「攻められたらどうするの?」「自衛隊は違憲?不要?」「国際的貢献とは何か?」等、戦後日本の軍事政策については議論があり、現在でも、イラク戦争への自衛隊派遣の是非につき、論争が繰り広げられている。
 私見は差し控えるが、結論はどうあれ、議論の究極の目的は平和の実現である。この目標を忘れることがあってはならない。自分の理念や思想を前提として、違う考え方をする対象に反駁するためだけに論理を組み立てても、相互理解や議論は深まらない。さらには、議論や対立に執着するあまり、究極の目標を見失いかねない。

6 そして、戦争を知らない私としては、悪い意味での「平和ボケ」にならないよう、これまで繰り広げられてきた戦争の恐怖や傷跡から目を背けないようにしたいと思っている。原爆症認定訴訟の弁護団に加入した動機も、その辺りにある。歴史が見てきたこと、悲惨な体験をした人の声、現在イラクで起こっている事実、そうしたものを出来る限り正確に把握したい。

7 偉そうなことを書きましたが、オリンピックはスポーツとして純粋に楽しみです。睡眠時間が減ることも覚悟で、満喫出来ればと思っています。みなさんにとって最高のオリンピックになることを期待します。

弁護士 中森俊久

あべの総合法律事務所ニュース いずみ第17号(2004/8/1発行)より転載

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