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「高い」と「深い」 ─「国民に身近で信頼される司法制度」への疑問─

 10年近く前のことになるでしょうか。大学時代の先輩から誘って頂き、演出家の野田秀樹が演出・主演の演劇を見に行ったことがありました。
 なかなかおもしろかったという漠然とした感想と、確か、モンゴル帝国の時代の英雄が主人公だったということ以外、あらすじは、今となってはほとんど覚えていないのですが、一つだけ、とても、印象に残った場面がありました。  モンゴルという、広い国土の大半が草原や、砂漠で、海のない国に育った主人公には、「高い」という言葉は分かるが、「深い」という言葉の意味が分からないというくだりでした。
 基準となる面から垂直方向にどの程度離れているかを示すという意味では、「高い」も、「深い」も同じはずなのに、確かに、違います。「深い」という表現がないというのは、脚本家の全くの創作か、モンゴル語の有名な話なのか分からないものの、もし、前者だった場合、脚本家の感性の鋭さに、感嘆したことを覚えています。それとともに、きっと、自分もその時代のモンゴルで生活をしていることを具体的にイメージする中で、いわば、完全にモンゴル人になりきったときに、初めて生まれた台詞に違いない、そんな勝手な確信も抱いたりしました。
 さて、平成11年7月に設置された司法制度改革審議会でまとめられた意見を受けて、同13年12月1日政府内部に設置された司法制度改革推進本部で、現在、司法制度改革の具体案が検討されています。
 首相官邸のホームページにある推進本部の紹介には、「新しい時代にふさわしい、国民に身近で信頼される司法制度の構築に取り組んでいます。」とあります。その場合にいう、「国民」とは、具体的に、どのような根拠から、どんな人を想定して、議論がなされているのか、先ほどの、台詞の話ではありませんが、まさに、推進本部で制度作りに関わる一人一人の人が、自分の頭の中で、例えば、全く裁判所や、弁護士といったものに無縁な人をどれだけ具体的に思い描き、その人の側にたった議論がなされているのか、大きな疑問を抱かざるを得ない話も時折耳にします。
 その最たるものが、裁判に負けた側が相手方の弁護士の依頼に要した費用も支払わなければならないとする「弁護士費用の敗訴者負担制度」の導入です。今現在は、民事裁判で、弁護士の費用については、双方が自己の依頼した費用を負担 するといういわば「自己負担制」が取られているのですが、それを、大きく変えようとするのです。
 多くの事件は、実際に裁判を進めてみないことには、その勝敗の具体的な見通しがはっきりしないことが大半であるのに、負けた場合には、相手の弁護士費用まで負担するとなると、多くの人が裁判を起こすことに、大いなる不安と躊躇を覚えるのではないでしょうか。そんな裁判制度が、「国民の身近」といえるのでしょうか。
 推進本部での議論をろくに検討もすることなく、このようなことを言うのは、自分のことを棚に上げてといわれそうですが、偉いひとたちが、勝手に想像し・創造する中身のない「国民」のための司法改革となることのないよう、私たちの一人一人の、小さいけれども、具体的な声が必要とされている時期だと思います。

弁護士 上出恭子

あべの総合法律事務所ニュース いずみ第14号(2003/1/1発行)より転載

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