事務所ニュース「いずみ」
HOME > 事務所ニュースいずみ > オアシス > 新基準の制定から一年 過労死労災認定に明るいきざし

オアシス

新基準の制定から一年 過労死労災認定に明るいきざし

一 働き盛りの勤労者を突然襲う「過労死」。ある統計によれば、毎年交通事故死者に匹敵する1万人以上が過労死しているという。脳こうそく、クモ膜下出血、心筋こうそく、ストレスによる自殺……。学齢期の子供を含め、家族はある日突然、絶望の淵に立たされる。
 「夫は働きすぎで倒れた。これは労災ではないか」──1988年6月に初めて開設された「過労死110番」全国一斉電話相談には、妻をはじめ遺族からの相談の電話が殺到した。その後8年の間に私たち過労死弁護団全国連絡会議に寄せられた相談件数は実に4026件にのぼり、その約半数が死亡事案である。去る6月15日、全国39都府県で行われた第9回「過労死110番」でも、126件の相談が寄せられ、うち死亡事案は49件にのぼっている。
 この間、日本経済はバブル経済の絶頂期、その急激な崩壊、その後の深刻な不況という経過をたどってきているが、過労死は減っていないどころか、リストラの恐怖の中で、サービス残業や過大なノルマが蔓延し、20代・30代の労働者、女性、ホワイトカラーや管理職、ストレスによる自殺など、過労死はますます広がってきているというのが私たちの実感である。

二 突然逝った夫や父の生きた証しを求め、また生活保障を得るために、多くの遺族が困難の中から立ち上がり、勇気を出して労災申請を行ってきた。
 しかし、過労死が労災として認定され、障害補償や遺族補償を受けることは容易ではない。毎年300件~700件の労災申請に対し、労災として認定されるのはわずか30件前後という状況が続いてきた。

三 その最大の原因の一つとして、過労死を労災と認定することに対する労働省の消極的な姿勢(行政の壁)があった。過労死を労災とするかどうかの認定は、労働省の定める認定基準に従って労働基準監督署が行うことになっているが、1987年10月に制定された旧認定基準は、発症前の1週間だけを切り離して審査し、これに特別な過重性が認められないと労災とならないとしていた。そのため、長年にわたる蓄積疲労は考慮されにくく、特に疲れが極限状態となって発症数日前に会社を休んだりしたような場合には労災とされないことが多かったのである。
 また、過労死は企業側の働かせ方そのものにかかわることから、これを労災として認定することには企業側からの抵抗が強く、労災申請への協力や資料の提出に難色を示す例も少なくない(企業の壁)。そして労働組合は本来、遺族を支援し、過労死をなくすための闘いをすべきであるが、多くの労働組合は企業に深く組み込まれ、残念ながら過労死問題に取り組む組合は多くない。
 労基署長によって労災と認定されなかった遺族は、労災保険審査官に対する審査請求、労災保険審査会に対する再審査請求ができ、更に、裁判所に業務外認定の取消しを求める裁判を起こすことができるが、裁判所でようやく勝訴することができたときには、労災申請から10年も15年も経っていることが多かった。

四 しかし、過労死の労災認定に、ようやく明るいきざしが見えはじめた。95年2月、労働省はこれまでの旧認定基準をやや緩和し、一定の条件の下に発症前1週間以前の蓄積疲労や継続的な心理的ストレスをも考慮するということを内容とする、新認定基準を制定したのである。
 その結果、95年度の過労死の労災認定件数は、それまでの30件前後から76件へ約2.5倍に増加した。

五 右のような業務上認定の増加が、一時的なものか、更に増えていくものかはまだわからない。また増えたといってもまだ申請件数の15パーセント程度であり、過労死の救済としてまだまだ不十分である。
 しかし、このような変化が世論の強い批判や、裁判所による遺族勝訴の判決が続く中で起こってきていることもまた事実である。私たちは、私たちは1995年を「過労死救済元年」と位置づけ、遺族を救済し、過労死をなくす闘いを更に強めていきたいと考えている。 (この原稿は、某新聞の依頼により寄稿した文章を、一部加筆訂正したものです。)

(事例1)  中堅証券会社の本店営業部の当時26歳の営業マン。同僚の3倍以上の営業実績を上げ、連日午前7時から午後10時過ぎまで勤務し、休みはほとんどなかった。時間外労働はサービス残業。社員旅行中「一時的心停止」で死亡。 労基署は95年9月、「相当量の時間外労働が死亡の原因。営業実績も業務量を推測し過重性を評価するための背景事情として考慮した」として業務上の認定。
(事例2)  農機具販売会社の当時46歳の特販課長。販売計画の立案、部下の管理のほか自らも営業活動を行って高い業績を上げていた。発症前1ヶ月は就業規則上の労働時間の約2倍の労働、発症2日前まで14日間連続勤務。出張先でクモ膜下出血を発症して死亡。労基署は今年4月、出張や外回りの多い営業職の課長の業務の過重性を認め、申請後わずか2ヶ月半で業務上と認定。

 

◆過去4年間の過労死の労災請求・認定件数の推移
  平成4年度 平成5年度 平成6年度 平成7年度
請求件数 378 332 335 488
認定件数 18 31 32 76

弁護士 岩城 穣

あべの総合法律事務所ニュース いずみ第4号(1996/10/18発行)より転載

ページの先頭へ戻る