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公立病院の勤務医の過労・パワハラ裁判を通じて

第1 国家賠償法について

  1 国家賠償法は、第1条1項において、「国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。」と規定しています。

 この点、右の「公権力の行使」については、純然たる私経済作用と国家賠償法2条によって救済される営造物の設置管理作用とを除く、国又は地方公共団体のすべての作用であると広く解するのが通説です。その根拠としては、①民法715条1項但書(民法715条1項「ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。」)には免責規定がある一方、本法1条1項には免責規定がないから、本条1条の方が被害者救済に資すること、②権力的作用に属するのか非権力的作用に属するのかの困難な選別を被害者に強いるのは妥当でないことなどが挙げられています。

2 一方、公権力の行使に当たる公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を与えた場合には、国又は地方公共団体はその被害者に対して賠償の責を負い、公務員個人はその責を負わないものと解されています(最高裁昭和53年10月20日第二小法廷判決・民集32巻7号1367頁)。 そのため、民間においては、使用者が民法715条により責任を負うと同時に、第三者に損害を与えた被用者個人も、民法709条に基づき責任を負うのが原則であるにもかかわらず、公務員が第三者に損害を与えた場合には、国又は地方公共団体のみが責任を負い、公務員個人は免責されるのが原則とされています。その根拠については、①被害者救済のためには、支払能力がある国等が賠償に応ずれば十分であること、②公務員の職務執行を萎縮させるおそれがあることなどが挙げられています。

3 しかしながら、公共サービスの多様化の推進や、公民連携・協働を進めていくことが期待されている昨今は、もはや官民の明確な区別すら困難な時代といえ、そのような状況のもと、公務員であれば、公務中の不法行為につき、いかなる場合でも個人責任を負わないというのは妥当な結論とは言えません。この点につき、現在上告及び上告受理申立中の事件である公立八鹿病院事件(弁護団は、岩城穣弁護士、林裕悟弁護士、私の3人。上告等の申立については、約50名の弁護士に新たに代理人として就任いただきました。)を紹介し、皆様にもご一考頂きたいと思います。

第2 公立八鹿病院事件

1 事案の概要    

 K医師は、鳥取大学での2年間の臨床研修を経て、2007年4月に同大学の整形外科に入局しました。そして、同大学附属病院での半年間の勤務後、同年10月から公立八鹿病院(兵庫県養父市)整形外科に勤務し始めたものの、過酷な長時間労働と上司2名からの執拗なパワーハラスメントの結果、同年12月10日に自死しました。

 2010年8月には、地方公務員災害補償基金がK医師の自死を公務災害と認定し、その後、K医師の遺族である両親は、病院を運営する公立八鹿病院組合とパワーハラスメントを行った上司2名を被告として、2010年12月に民事訴訟を提起しました。

2 2014年5月26日鳥取地方裁判所米子支部判決    

 鳥取地方裁判所米子支部は、病院を運営する公立八鹿病院組合と上司の医師2名につき、連帯して、約8000万円を支払うよう命じました。月170時間にも及ぶ時間外労働に加えて、上司医師2名のパワーハラスメントを認定し、民法709条、715条を適用して医師個人の責任を認めた点が評価できます(但し、K医師が医師であり自己管理を期待できたことなどを理由に過失相殺規定を類推適用し、損害額の2割を減額した点は不当なものでした。)。

 この点、同判決は、「本件の全証拠によっても、本件病院における被告組合、被告A医師、同B医師及び亡K医師の間の雇用関係ないし上下関係又は医師としての業務上の協働関係について、公共団体運営ではない民間病院におけるそれと異なる点を見出すことはできず、これらの各関係における被告らの行為はいずれも純粋なる私的社会経済作用として、公権力の行使に当たるとはいえないものと解される。」と判示しています。

3 2015年3月18日広島高等裁判所松江支部判決

  原告及び被告らの双方からなされた控訴を受けて、広島高等裁判所松江支部は、一審判決を変更し、過失相殺規定の類推適用からの2割の減額を行わず、公立八鹿病院組合に約1億円の支払を命ずる一方、医師2名に対する請求は棄却しました。同判決は、「公立病院における病院と患者との診療関係は、民間病院における診療契約と何ら異ならない単発的、偶発的な対価的サービスとして、これを私経済行為とみることは可能であるとしても、公立病院における医師を含めた職員の継続的な任用関係は、特別職を含め全体の奉仕者として民主的な規律に服すべき公務員関係の一環をなずもので、民間の雇用関係とは自ずと異なる法的性質を有するというべきであり、これら公務員に対する指揮監督ないし安全管理作用も国賠法1条1項にいう「公権力の行使」に該当するというべきである。」と判示し、前述の最高裁判決に従い、公務員個人の責任を否定したのです。

第3 高等裁判所判決の不当性

  広島高等裁判所松江支部は、上司A医師がK医師の担当患者の前でK医師に対して暴行を行ったこと、上司B医師(部長)がそれを院長に報告することもなく、別の手術の日には「田舎の病院だと思ってなめとるのか」と言ったこと、さらには、上司A医師がK医師に対し、その仕事ぶりでは給料分に相当していないこと及びこれを「両親に連絡しようか」などと言ったことなど、社会通念上許容される指導又は叱責の範囲を明らかに超えるハラスメントの認定を行ったにもかかわらず、公務員であることを理由に、上司A及び上司Bの個人責任を免責しています。

 しかしながら、すべての医師が医師法による拘束のもと仕事に従事し、ひいては社会に貢献する使命を有するところ、公立病院の医師が「全体の奉仕者として民主的な規律に服すべき公務員関係の一環をなす」と評価され、その結果、民間病院とは異なる判断が導かれることは、当事者である医師はもちろん、多くの一般市民の理解が得られません。医局からの派遣先病院が偶々公立病院であったことを理由に、前述のようなハラスメント行為を行った上司2名の責任まで否定されるとなれば、公務員は何をやっても許されるということになりかねず、同様の被害を抑止することすら困難となります。

 公務員であれば常に免責されるという結論が常識からかけ離れているのは明らかです。最高裁判所は、この点についての理論を整理したうえで、市民感覚に応じた妥当な判断を行うべく、「公務員の個人責任」につき一定の解釈を示す必要があり、今まさにそれが強く期待されています。本件において最高裁判所の弁論期日に出頭できる日が来ることを願ってやみません。

弁護士 中森 俊久

あべの総合法律事務所ニュース より転載

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