事務所ニュース「いずみ」

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あべの物語

「天王寺駅、天王寺駅前、あべの橋、大阪阿部野橋、阿倍野駅」、これらは、当事務所の最寄り駅である天王寺周辺の各沿線の駅名・バスの停留所名です。一つの地域に、実にこれだけの表記のバリエーションがあります。少し前の新聞では「『阿倍野』それとも『阿部野』」という記事も掲載されていました(平成23年3月2日・日経新聞)。

 この記事を書くにあたり、少しばかり、阿倍野の歴史を調べる中で、非常に興味深い話を見つけました。チンチン電車の名称で親しまれている阪堺上町線の起源は、明治33年9月に天王寺西門から東天下茶屋間に「大阪馬車鉄道株式会社」によって、レールの上を馬車が走ったということでした。馬車鉄道も明治42年には、電車に切り替えられました。

 さて、阿倍野に生まれ育った私にとって、小学校・中学校・高校と、少し遠出をするときの待ち合わせ場所は、「近鉄のマクド」でした。今は大改装中の阿倍野近鉄百貨店の北西角にマクドナルドがありました。「100円マック」などない時代で、何かの時に親から買ってもらうマクドナルドは大変なご馳走で、ビックマックに至っては、そうそう口にすることがありませんでした。

 その阿倍野近鉄も、高校時代に東側に新館ができ、確か、大学を本来なら卒業するころだったか、幼いころのランドマーク・マクドが高級宝飾店「ティファニー」になりました。今から思えば、その時々に変化を遂げてきた天王寺・阿倍野ですが、今年、また大きく様変わりをしました。

 今年4月に、阿倍野地域の再開発の目玉の「あべのキューズモール、Via あべのWalk」がオープンしました。約320店舗が軒を連ねる西日本最大級のショッピングモールです。「阿倍野再開発」という言葉は小学校時分から馴染みのある言葉で、今、キューズモールになっている阿倍野筋沿いには、当時、ボウリング場、パチンコ屋さん、ビアホール、旭屋書店等がありました。幼心にも「胡散臭い」と思っていた「あべの銀座・旭通り」は、私が、事務所で仕事をするようになったときにも健在でした。

 小学校から中学校のころに「あべのベルタ」が完成し、近いうちに「イトーヨーカードーができるんやって、東急ハンズも来るんやって。」という「噂」を耳にしてから今年の完成まで、部外者には相当のブランクが感じられました。土地の買収が難航する等の問題で、現在の計画に目処が付いた時点では「40年目の正直で計画実行へ」といった新聞記事もありました。

  この阿倍野再開発ですが、正式名称は「阿倍野地区第2種市街地再開発事業」といい、昭和44年に事業採択されました(その後、昭和50年に改正都市開発法の制定を受けて実施されています。)。

 現在、工事中の阿倍野橋歩道橋は、平成25年4月に屋根付きの歩道橋となり、なんと上空から見ると「小文字のa」を表すデザインで設計されているようです。あべの再開発ではありませんが、向かい側の阿倍野近鉄百貨店が2014年には、高さ日本一の300mに及ぶ「阿部野橋ターミナルビルタワー館(仮称)」が完成予定で、ますます、天王寺・阿倍野が変化します。

 このように大きく変化する天王寺・阿倍野と同様、当事務所も時代の変化・流れに沿った法律実務を実直に行って参りたいと、街の変化を感じながら、心新たにしております。

  

弁護士 上出恭子

あべの総合法律事務所ニュース いずみ第30号(2011/8/1発行)より転載

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