事務所ニュース「いずみ」

古典をたずねて

万葉集

狭野茅上娘子(さののちがみのむすめ)と中臣宅(なかとみのやか)守(もち)の贈答歌

 歎異抄の連載を終え、引き続き世阿弥を数回に分けて取り上げようと思った。しかし、少し重たいものが続くので、今回は万葉集の第四期(最終期)の歌のなかから、狭野茅上娘子と中臣宅守の贈答歌を見てみたい。

君が行く道の長手を繰り畳ね
    焼き滅ぼさむ天の火もがも
        (巻一五・三七二四)

「あなたの行く長い道のりをたぐり重ねて焼き滅ぼしてくれるような天の火がないものか」
 この歌は、茅上娘子の歌である。時代は天平一〇年(七三八年)ごろである(聖武天皇の時代)。罰せられ、遠くへ流されていく男に対する気持ちを歌っている。女の男に対する思いは激情的で直截的である。
 狭野茅上娘子は、蔵部の女嬬(内侍司に属し、掃除や点灯などをつかさどった)という、下級の女官であった。茅上娘子は同じく宮廷に仕えていた中臣宅守と熱烈な恋におちいった。しかし男は処罰された。
 当時、女官たちは天皇のお相手の候補とされ、天皇以外の男がつきあったり、娶ることは許されなかった。二人の恋はこの禁を犯してのものであった。男は処罰され、味真野(今の福井県武生市の東方)へ流刑となった(男の処罰の理由には他の説もある)。
 当時、天皇に近侍する女性とつきあったり、娶ることが禁じられていたことは、次の藤原鎌足の歌からも窺える。

吾はもや安見児得たり皆人の
    得難にすとふ安見児得たり
        (巻二・九五)

「わたしは安見児を得たぞ、皆のものが得がたいといっている安見児を得たぞ」
 大化の改新に関わり、高官となった鎌足が、天智天皇から采女(後宮の女官)の安見児という女性をもらい受け、大喜びしているのである。いかに禁裏の女性の獲得が難しかったかがわかる。
 また、茅上娘子のこの歌は、私たちが万葉集のファンになるきっかけとなる歌として、次の額田王の歌とともに双璧である。

あかねさす紫草野行き標野行き
    野守は見ずや君が袖振る
        (巻一・二〇)

「(あかねさす)紫草野を行き、標野を行って、野守が見ているのではありませんか。あなたが袖をお振りになるのを」
 この茅上娘子の歌に対して、宅守は次の歌を贈っている。

塵泥の数にもあらぬ我故に
    思ひわぶらむ妹がかなしさ
        (巻一五・三七二七)

「塵や泥の数にも入らないわたくしゆえに落胆しているのだろうあなたのいとしさよ」
また、茅上娘子は次のように歌う。

我が背子が帰り来まさむ時のため
    命残さむ忘れたまふな
        (巻一五・三七七四)

「あなたが帰ってこられた時のために、何とかして命を残しておきましょう、忘れないで下さい」
 宅守はこうも詠む。

恐みと告らずありしをみ越路の
    手向に立ちて妹が名告りつ
        (巻一五・三七三〇)

「はばかるべきことだとして口外せずにいたのに、み越路の峠に立ってとうとうあなたの名を口にしてしまった」
 万葉集の二人の贈答歌は、停滞気味の万葉集第四期において光り輝いている。
 みなさん、六三首ある二人の贈答歌をぜひ読んでみてください。二人の思いがひたひたと伝わってきます。
 歌の訳は小学館「日本古典文学全集萬葉集」によった。

参考にした本
 小学館 「日本古典文学全集萬葉集」
 犬養孝 「万葉のいぶき」新潮文庫
 木俣修 「万葉時代と作品」NHKブックス四九

あべの総合法律事務所ニュース いずみ第26号(2009/8/1発行)より転載

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