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古典をたずねて

歎異抄(その一) 他力念仏門を中心に

 私は仏教徒ではない。しかし、仏教に限りない癒しを感じている。
 仏教は、日本書紀によれば、欽明朝の552年に我国に公式に伝わった(538年説もある)。しかし、それからわずか50年足らずを経た596年に蘇我馬子が建立した飛鳥寺やその伽藍図および飛鳥大仏などを拝していると、その壮厳さに驚かされ、それらを見るにつけ、仏教はもっと早く日本に伝わり、信仰されていたのではないかと、私は考えている。

 仏教の伝来により、国論は二分される。崇仏派の蘇我氏と排仏派の物部氏の激しい対立と戦いの結果、蘇我氏が勝利し、仏教が我国に定着していくことになるのである。
 その後、日本の仏教は飛鳥・奈良仏教、平安仏教、そして鎌倉仏教と目覚しい発展を遂げていく。

 現在、我国の仏教は新興宗教もあるが凡そ13の宗派からなっている。
 律宗、華厳宗、法相宗(以上、南都六宗のうちの三宗)、天台宗、真言宗(以上、平安仏教)、融通念仏宗、浄土宗、浄土真宗、時宗、臨済宗、曹洞宗、黄檗宗、日蓮宗(以上、融通念仏宗、黄檗宗を除いて鎌倉仏教)である。
 信者が多いのは、日蓮宗、真言宗、浄土真宗の順と言われている。
 宗派の違いは、釈尊の教えや仏説をあらわした経典のうち、どの経典を中心とするか(例えば、浄土宗は無量寿経、観無量寿経、阿弥陀経のいわゆる浄土三部経を根本経典とし、真言宗は、大日経と金剛頂経を根本経典としている)、どの仏を本尊とするか〔例えば、華厳宗(東大寺)は昆盧遮那仏(びるしゃなぶつ)、浄土三宗は阿弥陀如来〕にあるように思う。

 私は、鎌倉時代に入って法然や親鸞、道元、栄西、日蓮などの高僧が輩出し、これらの偉人によって宗教革命が起こされたと見ている。すなわち、日本の仏教のなかで、奈良仏教や平安仏教の教理は、国家護持や国家の安泰のための仏教であったり、また、宝塔を寄進したり、寺院を建立することによって仏道に帰依できるという貴族や上流階級のための仏教であったが、鎌倉仏教になって、法然や親鸞は、時の権力と戦いつつ、仏教は老若男女を問わず、貴賤を問わず、信ずれば救われると説き、仏教を広く大衆、庶民のものとしたのである(このような見方は全くの私見である)。
 私は、これらの宗祖たちに限りない敬意と畏敬の念を抱く。

 私は最近、浄土門、他力門、易行道といわれている浄土三宗、わけても浄土真宗に強く惹かれている(その対極にあるのが聖道門、自力門、難行道といわれる禅宗である)。中国の善導から、源信(恵心僧都)、そして法然や親鸞に引き継がれ、花開いた浄土三宗の教え(弥陀の本願を信じて念仏を唱えれば救われるという教え)は、凡夫にとって大変ありがたいものである。
 信心と念仏との関係から見ると、信心を強くもって念仏を熱心に唱えれば救われると説くのが浄土宗、念仏を少し軽く捉えて信心の方に力点を置くのが浄土真宗、信心をさらに軽く捉え、念仏を唱えさえすれば救われるとするのが時宗(一遍上人)ということになると思うが、そんなに単純なものではないのかも知れない。

 前置きが長くなったが、次回以降、数回に分けて他力念仏門の教理の一端に触れつつ、親鸞の教えを弟子の唯円が書いた「歎異抄」(小学館日本古典文学全集)を取り上げていきたい。

あべの総合法律事務所ニュース いずみ第20号(2006/8/8発行)より転載

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