事務所ニュース「いずみ」

古典をたずねて

歌垣(その3)

摂津国風土記の逸文に波比具利の岡歌垣山と題して、次のものがある。「この岡の西に歌垣山あり。昔者、男女、集ひてこの上に昇り 常に歌垣をしけり。因りて以ちて名とせり」 この山は大阪府豊能郡能勢町にあり、もとの歌垣村(旧倉垣村)にある。 地元の人に「歌垣山はどれですか」と尋ねると「あの山です」と指し示してくれた。 昭文社の関西道路地図帳に「歌垣山登山口」や歌垣山五五三・五メートルと表示されている。歌垣山という名前が現在も残っており、素晴らしいことだと思う。 なお、「逸文」とは原本が散逸してしまい、元の姿では伝来していない文献で、他の本に引用されることによってその散逸部分が復元できる文章をいう(小学館風土記より)。 次に、筑紫国風土記(乙類)の逸文で「杵嶋」の箇所に歌垣のことが書かれている。(九州の風土記は大宰府が九州全体をまとめたもの(乙類)と各地(各国)がまとめた風土記(甲類)とがある。現代語訳によるとこうである。「県の役所の南方二里(約一キロメートル)の所にある独立した山がある(現在の佐賀県白石市にある)。南西端の峰を彦神(男の神)と言っている。中に位置する峰を姫神(女の神)と言っている。東北端の峰を御子神(子どもの神)と言っている。村里の男女は酒を手に琴を抱いて、毎年の春と秋には手を取り合って山に登り宴をし、そして歌い舞う。歌を詠じ尽くして家路につくという。 その歌の詞は次のようである。 霰降る杵嶋の岳をさがしみと草取りがねて妹が手を取る。こは杵嶋曲なり。 (アラレ降る杵嶋の岳が険しいので、草を掴んで登ろうとして掴みかね、彼女の手を掴んでしまうことだよ。これは杵嶋独特の曲節を伴う歌である)」。 ここには歌垣とか嬥歌という言葉はないが歌垣のことを書いたものとして有名である。 最後に歌垣のことを歌ったものとして万葉集の髙橋虫麻呂の歌(万葉集巻五 一七九五)を紹介する。 長歌と反歌からなっている。 長歌については現代語で述べる。 「鷲のすむ筑波の山の裳羽服津のその津の辺りで一斉に若い男女が行き集い遊ぶ嬥歌(歌垣)で人妻と私も交わろう、私の妻に他人も言い寄るがよい、この山を治める神が昔からお咎めなさらぬ行事だ、今日だけはふびんに思わないで下さい。咎めてくれるな」 反歌 男神に雲立ち登りしぐれ降り濡れ通るとも我帰らめや(男神に雲が立ち登ってしぐれが降り濡れ通っても私は帰るものか) この反歌は「あぶれ男」のみじめな気持ちを歌っている。 以上で三回に分けて書いてきた「歌垣」を終る。

あべの総合法律事務所ニュース いずみ40号より転載

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