事務所ニュース「いずみ」

古典をたずねて

紫式部日記 その二

藤原定家によって選ばれた小倉「百人一首」(鎌倉の初期に成立)に次の四首がある。

 

あらざらむこの世のほかの思ひ出にいまひとたびの逢ふこともがな

和 泉 式 部

めぐり逢ひて見しやそれともわかぬ間に雲がくれにし夜半の月かな

紫   式 部

やすらはで寢なましものを小夜ふけてかたぶくまでの月を見しかな

赤 染 衛 門

夜をこめて鳥のそら音ははかるともよに逢坂の関はゆるさじ

清 少 納 言

 

右の歌人は平安中期の同時代(一条天皇の御代のころ)に生きた人々である。年齢順だと、赤染衛門、紫式部、和泉式部、清少納言となるだろうか。

四人はいずれも中古三六歌仙であり、赤染衛門は藤原道長の妻倫子に仕え、紫式部、和泉式部は中宮(彰子)の女房を務め、清少納言は皇后(定子)の女房を務めていた。四人は歌人としても、女房方としてもライバルであった。紫式部は「紫式部日記」のなかで、三人を次のように批評している。

 

和泉式部について

「和泉式部という人は、実に趣深く手紙をやりとりします。気軽に手紙を走り書きした場合、その方面の才能のある人で、言葉にも色艶があります。和歌はたいそう興味深いものです。でも、古歌の知識や歌の理論は本当の歌よみではなく、口にまかせて詠んだ歌に興ある一点があります。他人の歌を批評しているが、それほど和歌に精通してはおらず、口をついてすらすらと歌が詠み出されるらしく、こちらがきまりが悪くなるほどのすばらしい歌人とは思われません。」

赤染衛門について

「匡衡衛門(赤染衛門のこと)は格別すぐれているほどではありませんが、由緒ありげで、歌を詠みちらすことはしません。世に知られている歌は、ちょっとした折の歌でも恥ずかしくなるような詠みぶりです。上の句と下の句が離れ腰折れがかった歌を詠み、由緒ありげなことをしてまでも、自分こそ上手な歌よみだと得意になっている人は憎らしく、気の毒にも思われます。」

 

清少納言について

「清少納言は実に得意顔をして偉そうにしている人です。あれほど利口ぶって漢字を書き散している程度も、よくみればまだひどく足りない点が沢山あります。このように人より特別優れようと思い、またそうふるまいたがる人はきっと後には見劣りがし、やがて悪くなり、いつも風流ぶっていて、それが身についてしまった人は全く寂しくつまらないときも感動しているようにふるまい、興あることも見逃さないようにしているうちに自然とよくない浮薄な態度にもなる。そんな人の果てがどうしてよいでありましょう」(以上は小学館日本古典文学全集の『紫式部日記』の現代語訳をまとめる形で引用させていただいた)。

 

清少納言に対しては、特に辛辣で激しい口吻である。同じ宮廷女房の同時代の人たちの批評として面白く、また文学的にも価値があると思う。ただ、これらの批評を見ていると、ともに成長していこうといった観点はなく厳しい批評に終始しており、紫式部もまだまだ人間ができていないなと思うが、みなさんどう思いますか。

 

あべの総合法律事務所ニュース いずみ第34号(2013/8/1発行)より転載

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