事務所ニュース「いずみ」

弁護士活動日誌

内縁の妻の悲しみ

 大正8年生まれの女性のSさんは、前の夫との間に娘のHさんをもうけたが、昭和26年に離婚した。昭和42年ころ、Sさんが48歳の時、11歳年下で、同じく離婚経験を持ち、前妻との間の2人の子供(Aさん、Bさん)を連れて因っているRさんと知り合った。Sさんは、半ば同情もあって、昭和45年ころからRさんと事実上の夫婦として同居することになった。
 ところが、Rさんはまともに仕事もせず、アル中で朝から酒を飲んではSさんに暴力を振るい、またSさんの貯めた預金を勝手に使ったりSさんの生命保険を担保に借金したりという生活を続けてきた。Sさんは自ら出資して開いた小さな大衆食堂を必死で切り盛りしてAさん、Bさんが中学を卒業するまで面倒をみ、またその後もRさんを実質的に扶養し、25年間ひたすら耐え忍んで生きてきた。いっぽう、Aさん、Bさんは父親のRさんを嫌い、中学卒業後はほとんど音信不通の状態が続いていた。
 Sさんは72歳を迎えた平成3年ころから、肺結核の後遺症と腰痛でほとんど歩けなくなり、体重も25キロまで下がり、トイレにも行けず紙オシメをして、一日中店のイスに座っているという生活になった。それでもRさんの生活態度は変わらず、店の客が減ってきたのはお前の足のせいだと言ってSさんの足を蹴飛ばすなど暴力を振るっていた。
 Sさんはついに平成6年8月病院に入院し、食堂は廃業同様となって、夫婦の生活費はSさんの年金だけという状態になった。
 ところが、その1ケ月後の9月、突然Rさんが交通事故で亡くなった。酒を飲んで自転車に乗っていて、自動車にはねられたのである。さんざん苦しめられたとはいえ、25年間連れ添った夫を失ったSさんの悲しみは大きかった。

 しかし、それにもましてSさんを決定的に悲しませたことが起こった。SさんはRさんの内縁の妻であるために相続権がないことから、Rさんの死亡に対して交通事故の保険会社から支払われた保険金約3000万円を、全部Rさんの相続人であるAさんとBさんが取ってしまったのである。しかもAさんはHさんに、「300万円くらいしか入らないから、お義母さんの分はありません」と嘘をついていた。
 入籍していないだけで、これほどまでの扱いを受けなければならないのか。Sさんは病床でうわ言のように悔しがっていたが、今年2月、失意の中で肺炎で死亡した。享年76歳であった。
 Sさんの娘のHさんは、長い間Sさんの生活の苦労を不憫に思い、母を励ましてきた。特にSさんの身体が弱ってきてからは、Sさんを引き取りたかったが、Rさんがこれを承知しなかったのである。Hさんは、Rさんが事故で亡くなってからようやくSさんの世話を自由にできるようになったが、それも束の間、わずか5ケ月後に母を失ってしまったのである。

 私はHさんから、昨年12月に和談を受け、Sさんが原告となって訴訟を起こす準備をしていたが、Sさんが亡くなった日の翌日、Hさんから私に母の計報を知らせる電話があった。Hさんは、「お母さんは最後まで保険金のことを悔しがっていた。残念です」と号泣した。
 この6月、Hさんは、Sさんの遺志を受け、AさんとBさんを相手に、保険金の4割をSさんの取り分として請求する訴訟を起こした。理由は、AさんとB さんが取得した保険金には、内縁の妻であるSさんの固有の慰謝料の部分か含まれており、これまでの経過からすれば、その割合は4割を下回ることはないというものである。
 裁判は始まったばかりだが、私は内縁の妻に一切の相続権を認めない現在の法制度のもとで、Sさんの苦労の人生を弔う遺恨訴訟だと思い、静かな闘志を燃やしている。

弁護士 岩城 穣

あべの総合法律事務所ニュース いずみ創刊号(1995/8/10発行)より転載

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