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弁護士活動日誌

事件の解決と精神疾患の寛解

1.本稿は、ある小学校に子供を通学させている母親(Aさん)に関する裁判の記録である。

2.Aさんの子が通うクラスでは、担任教師の休職をきっかけに学級崩壊が生じていた。事情を知った保護者が学校に対応を求めたが、学校長は実情を知らないままクラスに何も問題はない旨発言した上、保護者らに対して問題があるなら授業を参観してレポートを提出してほしいと求めた。そこで、Aさんら何人かの保護者が授業参観をしてレポートを学校に提出した。学級崩壊は予想以上であったため、Aさんは、レポートにクラスで問題を起こしている児童の実名も記載した。学校長に実情を伝え、学校に教員配置など適切な対応を取って貰うためである。ただ、Aさんは万一を考え、実名入りなのでそのまま配布しないよう学校に依頼していた。

ところが学校は、レポートを児童の実名がすぐに読み取れる状態のままコピーし、保護者会で保護者全員に配布してしまったのである。その結果、同レポート中で問題行動を実名で指摘された数名の児童の保護者が激高し、レポート作成者が誰であるか開示するよう学校長に詰め寄った。これは逆恨みではあるが、学校は、問題行動が指摘された児童やその保護者らに何らの連絡や指導もせず、かつ、同レポートが学校の要請で作成されたことすら説明しないまま漫然と配布していた。そのため、当該児童の保護者には、Aさんが保護者会で自分の子供の悪口を書いた紙を配布したかのように見えたのである。そして、執筆者名の開示を求められた学校長は、あろうことか、Aさんの氏名を開示してしまう。

直後に、Aさんは上記保護者らから呼び出され、長時間に亘り罵詈雑言を浴びせられ続けた。学校長もその場にいたが、何ら相談者を保護することはなかった。その結果、相談者は、ショックで精神疾患を発症し、寝込んでしまった。この日を境に、Aさんは、何年もの間、通常の仕事はもとより家事労働や自分の日常生活すら満足にできない状態となった。

3.Aさんの望みはただ一つ、名誉回復であった。自分が悪口などを言うためにレポートを書いたのではない。そのことを皆に理解して欲しい。そのために学校にきちんと対応して欲しい。それだけだった。しかし、学校も教育委員会も何ら適切な対応をしなかった。その状態でAさんは法律相談に来られた。Aさんの暗い表情と力ない説明は忘れられない。私は、同期の立野弁護士と弁護団を組んで本件を受任した。Aさんは罵詈雑言を浴びせた保護者らへの訴訟は望んでいなかったため、弁護団では学校が所在する地方自治体に対して訴訟を提起した。地方自治体に対して訴訟を提起したのは、国家賠償法という法律上、個別の教師や学校の責任は地方自治体が代位して責任を負うことになっているからである。

4.裁判は難航し長期化したが、最終的に、裁判所は学校の法的責任を認め、我々の主張した通りの症状固定日までの治療費、家事労働に係る休業損害、後遺障害の残存、通院慰謝料・後遺障害慰謝料を含む慰謝料を実質的に認めた内容の和解案を提示し、和解が成立した。依頼者の精神的苦痛を理解した裁判所の英断であり、金額的には不満は残ったが、精神疾患の事案で、後遺障害の残存を認めることは稀であり、勝訴的和解といってよい内容だったと思う。和解案には、学校の不適切対応があったこととこれにより依頼者が多大な苦痛を受けたことを認め謝罪する文言も盛り込まれ、Aさんの名誉回復を一定程度は図れたのではないだろうか。初めて相談を受けてから和解まで、3年以上の月日が経過していた。

5.和解から数か月がたち、私達弁護団は、資料の返却等のためにAさんと最後の顔合わせを行った。ひと目見て驚いた。Aさんの顔色が見違えるほど良くなっていたのである。聴くと、それまで睡眠薬や安定剤をはじめ何種類もの薬を毎日飲んでいたのに、和解後は睡眠薬がなくても眠れるようになり、一部症状は残っているものの、ほとんど通院も必要なくなったとのことだった。本当に劇的な変化である。事件が解決すると精神疾患も寛解に向かうことを心から実感した。私の弁護士人生において、一番嬉しい瞬間だった。

(弁護団は、私と立野嘉英弁護士である。掲載にあたり相談者本人の了解を得ている)

弁護士 瓦井剛司

あべの総合法律事務所ニュース いずみ第35号(2014/1/1発行)より転載

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