事務所ニュース「いずみ」

弁護士活動日誌

薬剤師さんの涙

1 波多野進弁護士と一緒に受任した労災がらみの解雇事件が民事訴訟にて勝利的和解をすることが出来たのでご報告します。

2 依頼者である原告の女性(当時20代)は、薬科大学院を卒業し、平成9年に薬剤師として新規立ち上げの薬局(株式会社)に就職しました。ところが、就職してみると、薬局経営に精通する人は誰もいず、原告一人で、薬局開設の許可申請、事務員の募集、必要備品の用意といった立ち上げ準備をし、何とか新規オープンまでこぎ着ける事態でした。それというのも、その薬局のオーナー(提携病院経営者=医薬分業の要請から薬局の経営者にはなれない。形式上の代表取締役は同人の知人)は、薬剤師の採用を原告一人のみしか行わなかったのです。
 大学院を出たばかりの原告は、必死の思いで薬局実務の勉強をしました。そして、事務員の指導も行い、何とか薬局経営を軌道に乗せました。営業時間は、午前10時から午後7時30分まででしたが、提携病院の患者の調剤が終わるまでは薬局を閉めることは出来ず、薬剤師一人で対応できるような状況ではありませんでした。原告の夫も薬剤師として他の会社に勤務していましたが、その様子を見て心配になり、自ら勤務する会社を辞めて、原告が勤務する薬局に入社することにしました。そして、それ以降、二人が中心となって、その薬局の運営を進めてきました。

3 それでも薬剤師数が到底足りません。2人はオーナーに何度も薬剤師の増員を要請しました。ところが、4年近くもの間、オーナーは「これ以上雇ったら破産する」「あんた達要領が悪いんじゃないの」などと言い、薬剤師の募集を行うことをしませんでした。経営に携わっていない2人は、その言葉を信じるしかなく、月46時間から110時間の時間外労働(持ち帰りや研修を除く)を行っていました。

4 原告の心身の疲労は限界近くに達していました。そんな折り(平成13年春頃)、オーナーの子息が、勤めていた会社を辞め、代表取締役社長という立場で薬局内で勤務することを聞かされました。「あと一人雇ったら破産する」と言われていた原告夫婦は、会社のそのようなやり方に非常な驚きを覚えました。さらにはその後、原告夫婦はたまたま会社の帳簿を目にすることになり、「あと一人雇ったら破産する」というのは全くの嘘で、会社が相当の利益を上げていることを知ったのでした。その頃から、原告は微熱、食欲不振、不眠等の症状が治まらない状態が続くといった症状を呈するようになりました。

5 新入りの社長は、原告らの言うとおり、薬剤師二人では余りに少ないことを理解して、徐々に薬剤師を増員するようになり、一年近く経過した頃には、薬剤師数は原告も含めて7名(パート薬剤師も含まれており、実人数は4名分)となりました。 それにより人員不足は解消しましたが、一方で社長は、立ち上げ時からいた原告の存在を疎ましく思い、シフト外し等の嫌がらせを行ったりし、平成14年11 月、それまでの原告の就労条件を不利益に変更する内容の就業規則を作成し、「これに従えないなら、退職してもらっていい」と原告に退職を迫ったのでした。

6 その退職強要を受けたときの余りの憤りとショックのため、原告は、身体の震え、激しい動悸、呼吸困難、強いめまい等を起こし、実家で休業するようになりました。そして、病院ではうつ病との診断を受けました。その後、会社は、休職期間中であったにもかかわらず、原告に解雇通知を送りました。納得出来ない原告は、夫や家族の支えを受けながら、私と波多野弁護士に依頼して、解雇無効等を求める裁判を起こしました。裁判では、うつ病の本格発症時点では、長時間労働は解消されていたことから、うつ病の業務起因性が争点になりました。
 これに対し、弁護団としては、通常人であればより早期にうつ病を本格発症していたであろうことや休職期間中の解雇という点に大きな問題があることの主張を行いました。そして、裁判所からの説得もあり、会社が原告に対し謝罪するとともに、一定の解決金を支払う形で和解することになりました。会社に戻るつもりはなく、解雇が間違っていることを認めさせたかった原告は、社長が和解の席で謝った際には、涙を流していました。和解の日は、弁護団としても何より嬉しい一日となりました。原告は、本当に患者思いの素晴らしい薬剤師さんだと思います。この勝利的和解を契機に原告の病状が一日でも早く良くなることを祈ります。

弁護士 中森俊久

あべの総合法律事務所ニュース いずみ第19号(2006/1/1発行)より転載

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