事務所ニュース「いずみ」

弁護士活動日誌

原爆症認定集団訴訟

 原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律10条1項は「厚生労働大臣は、原子爆弾の傷害作用に起因して負傷し、又は疾病にかかり、現に医療を要する状態にある被爆者に対し、必要な医療の給付を行う。ただし、当該負傷又は疾病が原子爆弾の放射能に起因するものでないときは、その者の治癒能力が原子爆弾の放射能の影響を受けているため現に医療を要する状態にある場合に限る」とし、同法11条1項では「前条第1項に規定する医療の給付を受けようとする者は、あらかじめ、当該負傷又は疾病が原子爆弾の傷害作用に起因する旨の厚生労働大臣の認定を受けなければならない」と規定されています。これが、原爆症認定の制度です。

 全国に被爆者健康手帳の交付を受けている被爆者は、約28万5000人いますが、このうち、原爆症の認定を受けているいわゆる「認定被爆者」は、約 2100人であり、被爆者の0.75%に過ぎません。その申請件数に対する認定率を見ても、2000年以降は20%前後となっているのが現状です。また、原爆症認定患者の実数は、ここ20年間、2000人前後を保ち続けていますが、かかる事情につき、今回の集団訴訟に先立つ札幌地方裁判所に係属中の同種事件(いわゆる原爆安井訴訟)で、被告国側の証人は、原爆症の認定は、予算との関係で枠付けられていることを認めました。つまり、「予算」という非科学的なものによって、本来認定を受けるべき患者が足切りされているのが、現在の運用なのです。

 原爆症認定申請の却下処分を受けた全国の被爆者が立ち上がり、2003年4月17日、札幌3名、長崎3名、愛知1名の7名が第一陣として提訴し、その後、5月27日には東京17名、千葉1名、大阪3名の21名が提訴し、6月には、広島28名、長崎12名、熊本6名と提訴が続きました。現在、近畿では、原告数9名となっています。

 私自身、何人かの原告にお会いして、色々なお話を聞かせて頂きました。印象に残るのは、原子爆弾の恐ろしさと、被爆者のその後の人生についてのお話です。ある原告は、蠅が耳の中に卵を産み、蛆虫が這い回っても追い払う力がなく死んでいく多くの負傷者の焼却処理に連日従事していました。この方は、終戦後、白血球減少や身体のだるさ・目眩等多くの症状に見舞われ、現在にいたるまで、定職に就いたことはありません。また、中学校の校庭にランニング姿で整列していたときに被爆した原告は、一緒にいた同級生400名のうち4分の3を、学校が再開する1945年10月までの間に亡くしました。この方は、被爆後疲れやすい体質となり、1998年には、咽頭腫瘍と診断され、手術の結果発声不能となりました。訴訟提起後FAXを購入したおかげで、弁護団とスムーズな連絡が取れています。 本件訴訟の原告らは、原子爆弾の影響により健康を害し、現在治療を必要としています。いち早く原爆症と認定され、必要な援助を受けるため、早期解決を目指したいと思います。

弁護士 中森俊久

あべの総合法律事務所ニュース いずみ第16号(2004/1/1発行)より転載

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