事務所ニュース「いずみ」

弁護士活動日誌

Nさんの最後の務め

 「既に私の犯歴についてはご承知頂いている通りで御座いますので法廷で先生の弁護を仰ぐ私としてはむしろその犯歴故に先生に申し訳ない思いで一杯です。……」
 昨年の夏に担当した国選の刑事事件の被告人であるNさんに、始めて接見に行った直後に、Nさんから送付された手紙に、端正な字で面会のお礼とこのような謝罪の言葉が綴られていた。
 Nさんは、第二次世界大戦での従軍の経験もある大正生まれで、事件当時、既に80歳であった。また、生家の家計に余裕がない中でも、将来のためにと苦労して大学の夜学に通学していたが戦争のために中断を余儀なくされた話が接見の際出たが、その文面からは、そのことが十分に窺えた。
 Nさんは、窃盗罪で起訴されていたが、同種の前科で懲役に服して出所後しばらくしての犯行であったこと、またそれ以前にも同種の前科が複数あったことから、実刑は必至の事案であった。
 警察や検察庁で作成された捜査記録から、犯行の経緯は、出所したが身よりもなく、仕事も見つけられずに生活費に困り万引きをしてしまったということだった。それまでの前科等の経緯からすれば検察官的にみれば、いくら生活に困ったとはいえ、またもや同じ犯行を繰り返すとは、情状酌量の余地は一切ない、これまで以上に長期間の刑務所での矯正教育が必要だと豪語されることが十分予想された。
 しかし、他方で、身よりもなく、出所後の生活基盤が全くない中で世間に放り出され、このご時世、40代、50代の働き盛りでさえ就労先がなかなか見つからないというのに、80歳の人間に就労先を自力で確保しなければならないとするのは余りに現実離れしているように思えた。刑務所を出所後、生活基盤の目処がつくまでの一定期間、衣食住を提供してくれる施設があり、Nさんも出所時にその施設の入所を希望したが、高齢を理由に断られてしまったという事情もあった。そして、簡易宿泊所で寝泊まりするなどしていたが、出所時に手にしていた僅かなお金も底をつく中での犯行であった。
 Nさんは起訴事実については認めていたことと、窃盗犯では被害者に弁償をすることが情状弁護での重要な活動であるがNさんの場合、弁償金もないことから、次に出所した場合に生活苦から同じような犯行に至ることを防ぐために、生活基盤の確保に重点をおいた。
 しかし、役所などに問い合わせをしたものの、Nさんのような受刑者の出所後の特別の制度はないに等しく、生活保護以外には道はないようであった。しかし、生活保護の受給にあたっては、住民票がなければ受付けないといった不当な扱いがされることも多いと耳にしていたことから、Nさんがこれから受ける刑期を終了後に一人で役所に出向いても大丈夫か心配が残った。
 役所に何度か確認する中で、西成区の愛隣地区にある「大阪市立更生相談所」がホームレスなどの場合にも、生活保護受給の取り扱いをしていることが分かった。
 裁判では、このあたりのことをNさんの供述を通じて裁判官に説明をし、もし、Nさん一人で役所に申請した場合に不当な取り扱いをされた場合には、弁護人である私に相談にくるということも述べてもらった。
 検察官の求刑、弁護人の弁論の後、直ちに判決が言い渡された。  検察官の2年の求刑に対して、懲役1年2カ月の判決だった。
 検察官の求刑自体が高かったということも考えられるが、通常、求刑の7割から8割の期間の懲役刑が判決で言い渡されることが多い中で、被害弁償も出来ていなかったにしては、寛大な判決と言えた。
 「望外の判決」とNさんにも喜んでもらえた。
 あれから半年近く、季節は変わり、きっと塀の中では冬の寒さが身に堪える時期だろう。今年の秋には刑期が終わる。Nさんが元気に出所して、Nさんが最初の手紙の末尾に書いてくれた「最後の服役に」本当になればと心から願っている。

弁護士 上出恭子

あべの総合法律事務所ニュース いずみ第16号(2004/1/1発行)より転載

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