事務所ニュース「いずみ」

弁護士活動日誌

Tさんの再出発

 ある日の午後、私用で、近くの区役所へと出向いた。
 必要な手続きを済ませて、名前を呼ばれるのを待っている間、待合室のテレビを何ともなしに見ていた。
 丁度、番組の出だしだったのか、司会者の女性と男性が挨拶をしていた。画面に現れた女性の笑顔がひっかかった。
 「あれ……」、1年程前に離婚事件を担当したTさんだった。事件を担当していた当時から、モデルの仕事などをしているとは聞いていたが、テレビにも出るようになったのだ。事務所に最初に来られた時、別居をした直後で、まだ生活が安定していなかったのだろう、表情も暗く、心身共に疲れた様子だった。画面のはつらつとした表情には、その頃の面影は、かけらもなかった。
 夫の暴力や、女性関係など、こちらとしては、慰謝料を請求しても当然の事案であった。だが、Tさんとしては、金銭賠償も大切だが、とにかく早く、生活を立て直したい、いやもっといえば人生のやり直しをしたいという気持ちが強かった。協議離婚に一日も早く応じてもらうということが、Tさんの第一の目標だった。
 協議離婚をしたい旨を書いた内容証明郵便を送ったが、夫はこちらの言い分を一方的なものだとして、全く聞き入れなかった。逆に、夫が経営し、Tさんが手伝いをしていた飲食店の経費、売上金の分配の精算等を理由に、こちらが一定の金銭を支払うことが離婚の条件だと言い放った。
 夫と電話で話をして交渉を進めていたが、このような強硬な対応に、話は前に進まなくなった。
 さて、どうするか。
 こちらから、離婚調停を起こしたところで、今のままでは話し合いによる解決は到底無理だ。かといって裁判となれば、少なくとも1年はかかってしまうだろう。当時、20歳半ばのTさんの1年の意味を考えると、それが本当に実益のある解決方法なのか、悩ましかった。
 電話だけでは、このような込み入った話、なかなかこちらの意も伝わりにくい。直接、会って話をすることになり、当初、ホテルのロビーで会うという話だったが、直前になって、夫から自宅で話をしたいと連絡があった。本人が一緒とはいえ、万が一のことを考えると、どうしたものか。ただ、これを拒否すれば、おそらく、一層相手は強硬な態度に出るだろう。
 相手と会う予定の時間から一時間たってもこちらから電話がなければ、携帯に電話が欲しいこと、また、その時の様子がおかしいようなら警察に連絡を入れて欲しいこと、相手方の自宅の地図を事務所の事務局に渡して、自宅へと向かった。
 夫は、開口一番、Tさんの口から、離婚をしたい理由を説明するよう求めた。それに対して、Tさんが一通りの説明をすると、その一つ、一つについて激しく反論をした。その様子を見ると、予想はしていたものの、協議離婚は到底無理に思えた。
 反論を終えると、夫は私に、Tさんの一方的な話しだけを聞いて、慰謝料の請求をするとはどういうことなのか、今の自分の話を聞いてどう思うのか、今度は怒りの矛先が私に向いた。
 同じ事実でも見ようによってはいくつもの解釈が有り得ること、その意味でこちらも、Tさん言い分が全て真実であるとは言っていないこと、ただ、少なくともTさんの認識している事実からすれば夫に慰謝料を支払ってもらうべき事案だとこちらとしては考えていること、しかし、その認識にずれがある以上、どちらの言い分が事実なのか、裁判所という場で確認してもらう必要があること、そのためには、時間と労力そして費用も双方ともにかかってしまう。だとするならば、その時間を無駄にしないという意味で、協議離婚が出来れば、これは、どちらの味方というのではなくて、双方にとって、ベストとまでは言い切れないにしても一つの賢い選択ではないかと思う。
 最後の部分を言い終わるか終わらないかで夫がいきなり、「弁護士さん、こいつの言っていることが真実であるとはかぎらへん、『こいつの言い分からすれば』っていう条件付の今の一言、気に入りましたわ。」と大きな声で言った。
 拍子抜けしたが、結局、夫は協議離婚に応じるという話しに落ち着いた。  画面に映るTさんの顔を見ながら、そんなやりとりをしたことが思い出された。
 一時はどうなることかと思ったが、結局、3カ月ほどで、双方金銭の請求はしないという覚書を作成して、協議離婚の届け出をすることが出来た。
 Tさんからは、その後、連絡がなかったが、きっと、良い再出発を切ることが出来たのだろう。「おめでとう」画面の中のTさんに向かって、一人静かに、声を掛けた。

弁護士 上出恭子

あべの総合法律事務所ニュース いずみ第15号(2003/7/20発行)より転載

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