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弁護士活動日誌

妻の怒りと勇気―ある医療過誤裁判から―

 Tさんのご主人は、平成11年7月、急性骨髄性白血病からクモ膜下出血を発症し亡くなった。33歳の若さであった。
 大阪に本社のあるメーカーの営業職をされていたのであるが、亡くなられる前の約3年間ほどは、朝8時頃には出社し、帰宅するのは早くて午後11時、たいていは終電ぎりぎりで、毎日5時間以上の残業をされていた。1カ月の残業時間は少なくとも100時間を超えており、平成13年12月に出された過労死の新認定基準で過労死ラインとされている労働時間を優に上回っていたが、死因が白血病という遺伝的な要素が強いとされている病名であったために、労災申請は極めて困難な事案であった。
 当初、労災申請の相談で来られたTさんであったが、いろいろとお話を聞いてると、ご主人は、亡くなる一月ほど前に札幌に転勤となり、転勤前から続いていた発熱がなかなか治まらず、週に1回ほどの割合で合計4回、自宅付近の内科のクリニックへ通院したが、ただの風邪だろうとのことで、何の検査もすることのないままに約一月ほど経過した。しかし、相変わらず熱は下がらず、倦怠感などの症状も続いたことから、別の病院を受診し、血液検査をしてもらったところ、白血病だということが判明し、直ちに入院をして、必要な処置をしてもらったが、急激に症状が悪化し、入院3日目に亡くなったとのことであった。
 Tさんは、なぜ、何度も熱が下がらないと言っているのに、検査の一つもしてくれなかったのか、もし、早期に検査がなされていれば夫の命は助かったのではなかったのか、医師の診療に問題があったことも話された。医師への怒りと、大切な家族を失ったなんともいえないやりきれなさを、涙ながらに話された。特に、Tさんには、当時、3歳と1歳半になる幼い子供さんがいたが、Tさんが、「お父さん、いつ帰ってくるの」と無邪気に問いかける子供に、なんと答えていいのかと言われた時には、思わず、私自身も、声が詰まってしまった。素人目にみても、1カ月間も熱が下がらず、4度も診断をしながら、一度も、レントゲンや、血液検査といった基本的な検査をしないのはおかしいとは思うものの、「○回診察をしたら、……といった検査をしなければ法律に反します」とは、どこにも書いていない。
 そこで、まず、過労死事案でお世話になっている田尻俊一郎医師にお聞きしたところ「通常なら、遅くとも、3度目の診断で、簡単な検査は行うはず」と、担当医師の診察の仕方に問題があるであろうことをご教示頂いた。加えて、近時、急性白血病については、治療法が急速に進歩し、特に、若い人の場合、延命率が格段に上がっているとのことも説明下さった。
 田尻医師の言葉に励まされ、松丸正弁護士、有村とく子弁護士とで弁護団を結成し、まず、会社に対し、未払いの残業代の請求を行い、それが、一段落してから、本体の医療過誤裁判の準備に取りかかった。しばらくは、発熱や、風邪の診断の際の一般的な診察法、急性白血病の救命率などについて、慣れない医学文献を引っ張り、時には、眉間にしわを寄せつつ医師の治療法の問題点を裏付ける文献探しを行った。Tさんには、ご主人の体調の変化を同僚や、取引先の方に聞いてもらうなどして、どうにかこうにか、平成12年9月、大阪地方裁判所に提訴をした。特筆すべきは、医療過誤裁判といえば、証拠として受診時のカルテは不可欠であり、通常、証拠保全を行うことが多いが、本件では、問題となるクリニックのカルテについては、Tさん自身が、ご主人が亡くなられた直後に、いわば直談判をしてクリニックから直接写しをもらっていたことだ。改竄等される前に、また早期にカルテを入手していたことが、後述するような、早期解決の大きな決め手だったといえる。
 その事件が、平成13年11月、基本的に医師が責任を認め、約6000万円の賠償金を支払うということで和解が成立した。和解条項には謝罪文も含まれ、Tさんも納得して下さった。
 非常に時間のかかると言われている医療過誤裁判としては、比較的早期に和解が成立したが、その理由として、提訴直後から被告医師、またその医師の所属の医師会が基本的には治療行為に問題があったことを認めるという方針だったことの他、先ほどの田尻医師に必要なタイミングで適切な医学的アドバイスを頂けたこと、また、白血病の専門医の方にもご協力いただけたことが大きい。
 私が弁護士1年目に受けた事案であり、名実共に、よく分からないなかで、担当医師の診察について「素人目で考えても、絶対におかしい」という思いと、Tさんのご主人を思う真摯な思いになんとか応えたいという一心で、取り組んだ事案だっただけに、自分にとっての「原点」ともいえる心の残る解決であった。
 この先、仕事をする上で、自分の行く先を見失いそうになった時には、この事件のことを思い出したいと思う。

弁護士 上出恭子

あべの総合法律事務所ニュース いずみ第13号(2002/6/1発行)より転載

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