事務所ニュース「いずみ」

弁護士活動日誌

父の涙

 「H君のお父さんから、電話が欲しいとのことです。」
 以前、少年事件を担当したH君の父親から、ある朝、留守番電話に伝言が入っていた。
 朝8時少し前という早い時間の電話だったことから、「また、H君、何かあったんやろうか。」と、私は、少しばかり不安になった。
 H君は、3件のひったくりをしたことで、2ケ月ほど前に家庭裁判所で審判を受け(未成年の場合には、基本的には大人とは違って、通常の地方裁判所ではなく、家庭裁判所で「審判」を受ける。)、その結果、保護観察処分(少年院等の施設に収容することなく、保護観察所が指導監督をしながら、普通の生活をする中で少年の更生の手助けをするという処分)となり、今現在、近所のバイク屋で働いているはずであった。
 H君は、正式な審判を受けるのは初めてであったが、それまでにも、バイク窃盗などで補導歴があり、今回は、鑑別所で身体拘束を受けていた。
 審判の2週間ほど前に、心配をした父親が知人からうちの事務所を紹介されて、一人事務所を訪れた。父親は、緊張しているのか、言葉少なく、そのことがより一層、息子のことが心配で仕方ないという父親の気持ちを伝えた。
 少年事件で、身体拘束を受けているケースでは、大まかな説明ではあるが、成人の場合と違って、審判期日を延期することが出来ない。即ち、弁護士としては、どの時点で事件の依頼を受けようと、限られた時間の中で、審判への準備をしなければならないという点で、通常の刑事事件にはない大変さがある。
 今回の場合、2週間しかない中で、まず事件の全容を把握するために、鑑別所に収容されている本人の面会にいく傍ら、調査官にも面談をして、その人から意見を聞いたりしなければらない。
 また、窃盗ということで、被害者の方に弁償の話をしにいったり、逮捕された当時H君は定職についていなかったので、職探しをする必要もあった。
 心配そうにしている父親を見ながら、2週間で、このようなことを全てやることが出来るのか、私は私で、不安になった。  幸いにも、上記の二つの点については、比較的スムーズにことが進み、H君の生活環境を整えることが課題となった。
 H君の両親は、5年ほど前から別居していたが、それぞれの家が近かった。そこで、H君は、基本的に父親の家で寝泊まりしていたが、食事は母親の家でするなど、双方を行ったり来たりしていた。
 その様な状態が一種の隠れ蓑のようになって、父親も母親も、H君の生活実態を把握しきらず、見えないところで、H君が非行を起こすことになり、かなりの回数のひったくりや、窃盗を重ねることにも繋がった。
 そこで、そのような生活状況を変える必要があったことから、審判の数日前、H君の父親の家に母親も来てもらい、話し合いをすることになった。
 父の仕事が朝早く夜も遅いことから、なかなかH君の生活ぶりを十分見ることが出来ないのではないのかという調査官の意見もふまえて、ひとまず、母の元で生活することをそれまでにも提案しており、それでいいのか、また、そうするとした上で、彼が同じことを二度と繰り返さないためには、両親双方、具体的にどのような点に気を付けて貰わなければならないのかそういった話をした。
 「……お父さん、そういうわけですから、しばらくの間、息子さんはお母さんのもとで生活するということになりますが、いいですか。」私が、その旨確認をした。
 父親が何の反応もしないので、父の顔をよく見ると、父親は、目に涙を浮かべて、声も出せずに、ただうなずいた。
 息子と離れて暮らすことを考えるだけで涙を流す父の姿は私の胸をしめつけた。
 翌日、鑑別所での面会の際、このことを伝えると、H君も泣いていた。
 そんなことを思い出しながら、H君のお父さんに、電話を掛けた。
 すると、今日であれば、自分も、息子も、母親も仕事が休みなので、挨拶に行きたいということであった。
 私はホッと胸をなでおろし、審判が終わってからどうしているのか少し気になってもいたので、早速、その日の夕方に3人そろって来て貰うことにした。
 H君は、当初は、勤め先を休んでしまうこともあったようだが、今は、毎日、真面目に仕事をしているようであった。
 おそらくこの調子であればきっと大丈夫だろうと思いながら、あの日涙を浮かべた父親を思い出した。 「H君、お父さんの涙を忘れたらあかんで。」私は心のなかでつぶやいた。

弁護士 上出恭子

あべの総合法律事務所ニュース いずみ第10号(2000/1/1発行)より転載

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