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寄稿

精神科医からみた原爆症認定訴訟の一側面

 1945年8月、広島と長崎に原爆が投下され、被爆者の約3割が翌年まで生存できなかったとされるほど多大な被害があり、生き残った被爆者も心身両面に大きな傷を負いました。1962年、米国の精神科医Liftonは70数名の被爆者に広島でインタビューを行い、精神医学的視点で考察・報告しました。この報告では、フラッシュバックや罪悪感といった数え切れないほどの精神症状と心理的負荷が多くの被爆者に認められた様子が刻銘に描かれています(「ヒロシマを生き抜く」ロバート・J・リフトン著,桝井ら訳,岩波書店,2009)。また、近年出された太田らの報告(精神医学54〈9〉,2012)により、被爆から60年近い時間を経てもトラウマ後遺症としてのPTSDの部分症状が持続していたり、身体的健康への永続的不安を抱いたりする被爆者が多いことも分かっています。

 被爆による原爆症認定を求めるための原爆症認定訴訟に「あべの総合法律事務所」の中森俊久弁護士は関わってこられました((注)「あべの総合法律事務所」と私は、上出弁護士と労災認定訴訟で仕事をご一緒したり、当大学のOBが勤めていたりと何かとご縁があります)。  

 中森弁護士と知り合った私は、幼少期に被爆され、原爆症認定訴訟の原告として闘ってこられた8名の方へのインタビューを行うことができました。これは、原告の皆さんと多くの弁護士先生方にご協力頂いたお陰です。そして昨年、精神科医や心理士などの専門職が集まる精神医学会で2名の方の生活史を紹介したうえで、精神医学的視点で考察・発表しました。発表で強調したかったことが2点ありました。1点目は、お二人とも被爆というトラウマを出発点として戦後、差別・偏見への恐れ、病気・体調への高度の不安などの数多くのストレスに苦悩し続けたということでした。2点目は、訴訟という司法の場においてさまざまなサポートを受けながら語ることにより、精神症状の改善のみならず自信の醸成といった心理面でのプラス効果がみられたことでした。つまり、訴訟行為が原告の皆さんにとって治癒的側面を持ちえたといえます。

 戦後を生き抜いた原告の皆さんにはそれぞれの人生の物語があり、その物語における被爆体験の位置づけもさまざまでしたが、人生の後半に訴訟という行為により、その体験を捉えなおすことは、人生の意義を確認する大切な作業であるとも感じました。戦後世代の精神科医として、今回のインタビューでは多くのことを学ばせて頂きました。原告の皆様、弁護士の先生をはじめ支援者の皆様に改めて感謝と敬意を表したいと思います。

和歌山大学保健センター 准教授(精神科医) 山本 朗

和歌山大学保健センター 准教授(精神科医) 山本 朗氏のご紹介

山本先生は、和歌山県立医科大学を卒業され、精神科医として県内公立病院等で勤務された後、三重県立小児心療センター、和歌山県子ども・女性・障害者相談センターでの勤務を経て、平成24年4月より、現職に就かれています。 ご専門は児童青年精神医学で、子ども・若者支援に関する幅広い領域にわたって高い見識を持たれています。そして、山本先生が、幼少期に原子爆弾の被害を受けた方のトラウマ等の調査・研究を行うため、原爆症認定訴訟の弁護団に属する私のほうから、インタビューの対象者として同訴訟の原告の方を紹介させていただきました。 もともと、上出弁護士が労災事件における精神疾患発症に関する専門家意見書を山本先生に依頼したことがあり、それゆえ、たまたま私と山本先生が繋がった経過ですが、原爆症認定訴訟の弁護団としても、山本先生の今回の調査に大変感謝しています。 精神科医ならではの被害を受けた方に対するアプローチは、見習うべき点が多々あります。法律事務所の特徴として依頼者・相談者の方が精神的にお辛い状況の中で、事件を進めていかなければならないため、山本先生に色々ご教授頂きたく、今後とも、あべの総合とのお付き合いの程どうぞ宜しくお願いします。

弁護士 中森 俊久

あべの総合法律事務所ニュース いずみ第37号(2015/1/1発行)より転載

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