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寄稿

カローシ問題の日米交流の1年を振り返って

 昨年は私にとって過労死問題の日米交流の年でした。きっかけは、アメリカの経済記者のジル・フレイザーさんが書いた『窒息するオフィス 仕事に強迫されるアメリカ人』(岩波書店)の翻訳に参加したことです。この本を見つけたのは2001年6月、ニューヨークに遊学していたときでした。当時、たまたま川人博弁護士がニューヨークに来て、こういう本が出ているよと紹介しました。そこから話がすすんで、10年前に翻訳出版したジュリエット・ショアの『働きすぎのアメリカ人』(窓社)とほとんど同じチームで訳して、2003年5月末に出版にこぎつけました。

 6月には、過労死弁護団全国連絡会議の財政支援を受けて、フレイザーさんを日本に招き、アメリカのホワイトカラーの「スウェットショップ」(搾取工場)的な労働実態について、東京と大阪で講演してもらいました。その講演や来日中の対談(『世界』10月号「仕事に殺されないために」)で彼女が強調したのは、「いまではアメリカにも過労死が起きている。私たちは日本の反過労死運動から学ばなければならない」ということでした。 その後、縁あって、ニューヨーク市立大学クイーンズ・カレッジの労働研究センターが出している『ニュー・レイバー・フォーラム』誌に、“WORK TILL YOU DROP”という論文を寄稿しました。そこにも書いたことですが、1988年11月13日の「シカゴ・トリビューン」紙は、「仕事に生き、仕事に死ぬ日本人」という大見出しのもとに、「過労死110番」開設後最初に労災認定を勝ち取った平岡事件を報じました。“karoshi”という言葉が世界に発信されたのはそのときのことです。それから13年を経た2002年1月、オックスフォード・オンライン英語辞典は、“karoshi”を日本発の英語として載せました。意味は、“death brought on by overwork or job-related exhaustion”(働き過ぎまたは仕事に関連した極度の疲労がもたらす死)と説明されています。

 大阪の反過労死運動については、スコット・ノースさん(大阪大学助教授)による英文の立派な研究論文があり、森岡梨香さん(カリフォルニア大学大学院生)は博士論文の作成のために昨年来阪して過労死問題の実地調査にあたりました。『経済科学通信』という雑誌の企画で、この二人と『窒息するオフィス』の共訳者である成瀬龍夫さん(滋賀大学教授)と青木圭介さん(京都橘女子大学教授)を討論者として、「日米の企業社会を考える」座談会を開いたのも昨年のことでした。
 わたし自身はなにほどのこともできておりませんが、労災認定にせよ、裁判にせよ、日本における反過労死運動を牽引してきたのは、いつも大阪過労死問題連絡会でした。そして連絡会の中心になってきたのは、岩城穣弁護士をはじめとする、あべの総合法律事務所でした。今後も、過労死をなくし、人間らしい労働と生活を実現する運動のセンターとしてますます大きな役割を果たされていかれることを期待しています。

関西大学教授 森岡孝二

関西大学教授 森岡孝二氏のご紹介

 森岡孝二先生は、1988年、大阪過労死問題連絡会が「過労死110番」を開始したころから、連絡会にも参加しながら、過労死の原因となっている長時間労働やサービス残業、それを生み出す「日本型企業社会」について研究されてきました。
 森岡先生は、単に研究室に閉じこもるのではなく、学生たちと一緒に様々なシンポジウムに関わったり、裁判を傍聴したり、また過労死問題を国際的にアピールされるなど、常に行動して来られました。先生の提案で92年に行った「サービス残業110番」は、現在の「労働基準オンブズマン」のルーツといえます。その年に私たちが上演運動を行った、過労死をテーマにした劇「突然の明日」では、被災者の役に自ら出演されました。現在は「株主オンブズマン」の代表も務めておられます。
 超多忙にもかかわらず、ご家族を大切にされ、またバードウォッチングを趣味とされるなど、生き方という点でも多くを学ばせていただいています。私たち過労死問題に関わる弁護士や過労死の遺・家族にとって、大変頼もしい存在です。今後もご活躍を願っています。

弁護士 岩城 穣

あべの総合法律事務所ニュース いずみ第16号(2004/1/1発行)より転載

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