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寄稿

「過労死のない社会」の願いが集まるところ

 いつからのことでしょうか、過労死家族の会が毎月あべの総合法律事務所を使わせていただくようになったのは。ななめ向かいの竹澤ビルにあったときからですから、ひょっとするともう7、8年もたつのかも知れません。
 おっと、自己紹介が少し必要ですね。家族を過労死で失った遺族会を「過労死家族の会」と言います。
 全国組織もあるのですが、大阪を中心にした家族の方々がひとかたまりになって集まっています。在籍でちょうど50家族ぐらいになります。でもこれはほんの氷山の一角です。この50家族の背後には、どれだけ過労死で亡くなった労働者がいることか。毎年1万人が過労死しているというのですから。
 毎月1度の集まりは、その家族の会の世話人会なのですが、この1年間くらいは毎月と言っていいほど、世話人会で新しい顔を拝見することになるのです。参加者が20人を越える月も珍しくありません。だからもう世話人会ではなく、いつの間にか“例会”ということになってきました。救いを求めて、あるいは何かが知りたくてあべの総合法律事務所に集まって来られるたくさんの遺族の方々。これがいまの日本の現実なのです。
 忙しい仕事をいっとき横へ置いて、この会に参加して見守ってくださる岩城先生、上出先生。なにやかやとお世話してくださる事務局の皆さん。今日全国的にも「元気だ」と言ってもらえる大阪過労死家族の会は、この事務所のご厚意があってこそ成り立ってきました。支えられてきました。
 それにしても皆さん、どう思われますか、過労死問題を。人はみんな幸せになりたくて生きている、幸せになりたくて働いている、その人間が働かされ過ぎて死んでしまう。こんな矛盾した話があるでしょうか。亡くなった方にはほとんどと言っていいほど共通点があります。真面目で責任感が強いことです。
 それは日本ではずっと人間の美徳とされてきたことでした。それをむごい企業社会がうまく利用して、人を死にまで追いやる。こんなことが許されていいはずがありません。
 最初は労災認定を求めて家族の会に加わって来られる方々ですが、ここに集まり交流し、たたかううちに、「過労死そのものをこの世からなくしたい」と思われるようになります。そうした姿を私は何度も見てきました。そんな願いが集まるのが、このあべの総合法律事務所です。  いつか過労死家族の会を同窓会にしてしまえるその日まで、毎月みんなでお邪魔しますので、どうかよろしくお願いします。

池田 憲彦(大阪過労死を考える家族の会 事務局)

池田 憲彦(大阪過労死を考える家族の会 事務局)氏のご紹介

 池田憲彦さんとのお付き合いは、1992年、過労死問題をテーマにした劇「突然の明日」の上演運動を一緒に取り組んだ時からですので、もう10年にもなります。私から「大阪過労死を考える家族の会」の事務局をお願いしたところ、その後池田さんは、家族の会の「縁の下の力持ち」として、例会の定例化や一泊交流会、「文化の夕べ」などの企画を次々と提案し、過労死家族の人たちと一緒に実現してきました。現在大阪家族の会が月1回当事務所で行っている例会には毎回20人以上の参加者があり、この11月から、大阪家族の会の新田笑子さんが全国家族の会の代表世話人になりましたが、このような会の発展に果たした池田さんの役割は大きなものがあります。
 池田さんは羽衣学園という大学の事務職員で、現在は教職員組合の委員長を務め、更に関西労働学校で哲学を教えるなど超多忙な日々を送っていますが、読書や音楽を楽しむ文化人でもあります。池田さん、今後ともよろしくお願いします。

弁護士 岩城 穣

あべの総合法律事務所ニュース いずみ第14号(2003/1/1発行)より転載

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