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古典をたずねて

古典をたずねて(四三)丹後国風土記(その二)

 丹後国風土記には次の三つの物語がある。 一、「天の椅立(橋立)久志浜」  与謝の郡に長大な岬がある。最初の名を天の椅立(橋立)といい、その後の名を久志浜という。伊射奈藝命が高天原と行き来をしようとして立てかけたものである。この命が寝ている間にこの橋立が倒れた。命はその神秘な発現(これを古語では「クシブ」という)を不思議に思われた。よって、久志備の浜と呼びその後久志浜というようになった。岬より東の海を与謝の海、西の海を阿蘇の海という。この海には多くの魚や貝がいる。ただしハマグリは少ない。 二、筒川の嶼子(水江の浦の嶼子)。
 与謝の郡の日置の里に筒川の村がある。ここに筒川の嶼子(筆者注、浦島太郎のこと以下太郎という)という者がいた。太郎は容姿がすぐれ優雅なことはこの上なかった。
 この昔話は雄略天皇(二一代の天皇で記紀では五世紀後半の在位となっている)の御代のことである。  ある日、太郎が海で釣りをしていると五色(青赤黄白黒)に輝く亀を釣り上げ、舟の中に置いておくとその亀は突然女性(乙女)に身を変えた。太郎はその女性と永遠に添い続けることを約し、乙女と常世の蓬莱山へ行くことになり、太郎は船を漕ぎ出した。この世とあの世の境界で眠らされ、太郎は一瞬のうちに海上の大きな島に着いた。島は宝玉が敷きつめられているように美しく、また乙女の住む立派な高殿があった(乙女はここでは亀比売と呼ばれている)。太郎は乙女の家で乙女の父母に迎えられる。乙女の父は人の世と仙人世界との違いを説明する。
 太郎は仙女たちの舞や歌の宴を楽しんだ。宴の様子は華やかで人の世とは格段の違いであった。宴のあとは乙女と肩を並べ袖を接して夫婦となった。仙界では日が暮れるということもわからなかった。
 太郎が仙人世界に遊んで三年も過ぎた。太郎は故郷に帰りたい、父母に逢いたいと乙女に願い出た。乙女は嘆きつつ、太郎を帰す。帰るとき乙女は太郎に「私のもとにまた戻りたいと思うなら開けないでね」と言って化粧箱(玉手箱)を渡し、太郎を帰すのである。
 太郎は常世とこの世の境を通って送られ故郷の筒川の郷に戻った。太郎は里人に問うが里人から「あなたは一体どこの人か。昔水江の浦の嶼子という人がいたが…」と言われる。もう、三百年余りも経っていたのである。
 太郎は愕然として乙女との約束を忘れ、玉手箱を開ける。すると突如香しい匂いがおこり天上に昇って行った。太郎は約束に反したことに気付き再び乙女と会うことはできないことを知るのであった。  (この物語はもう少し長いが細かい部分は省略した。) 三、比治の真奈井、奈具の社  これは羽衣伝説の一つである。
 丹後の国、丹波郡の話。  比治の山の頂に泉がある。泉は麻奈井という。この泉に天女が八人舞い降り水浴びをしていた。老夫婦が天女一人の上着と裳を隠した。天女は皆天上に帰ったが上着と裳のない天女は天に帰れなかった。老夫が天女に「私には子がない。できればあなたが私の子になってくれ」と言い、天女は「従います。上着と裳を戻して下さい」と言った。老夫は天女に対し「騙そうとしている」と言うと天女は「天人の志は誠を根本としている」と言い、老夫は上着と裳を天女に返す。天女は老夫の家に住むこと十年余りとなった。
 天女は酒をうまく造った。この酒は一杯飲むと万病をよく治癒するというものであった。この酒の畜銭で財をなし老夫の家は豊かになった。その土地の土形の里を比治の里と呼ぶようになった。
 その後、老夫婦は「自分の子でない」といって天女を追い出した。天女は涙を流しながら荒塩の村(いまの荒山か)、哭木の村(いまの内記)、竹野の船木の里(いまの舟木)の奈具に転々と行き着いた。そして天女はこの村に留まることとなった。これが世にいう竹野の郡の奈具の社に鎮座しておられる豊宇加能売の命のことである(この話も長いので少々省略した)。 四、いまも「天の橋立」、「日置」、「比治山」、「荒山」、「内記」、「舟木」などの地名は残っている。
 浦島太郎の話や天女伝説はいまも語り継がれ人口に膾灸している。
 小学館日本古典文学会集「風土記」を参照した。
 訂正 前号で古事記の成立を七一三年としたが七一二年の誤りである。

あべの総合法律事務所ニュース いずみ第43号(2018/1/1)より転載

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